チェックの衣装に前髪をたらした「チェッカーズカット」。1980年代半ば、テレビをつければ彼らが歌っていた――そんな記憶がある方も多いのではないでしょうか。藤井フミヤさん(当時は郁弥)の歌声の後ろで、高いファルセットのコーラスを響かせ、キーボードを弾いていたのが鶴久政治さんです。そして実は、チェッカーズ後期の名曲「WANDERER」や「Jim&Janeの伝説」を作曲したのも鶴久さん。解散後は表舞台で名前を見る機会が減り、「今どうしてるの?」と気になっている方もいるはずです。結論から言うと、鶴久さんは2026年現在、秋元康さんが手がけるアイドルグループへの楽曲提供を次々と成功させる「現役の作曲家」として、むしろ存在感を増しています。この記事では、チェッカーズ時代の活躍から解散後の歩み、そして最新の活動までをたっぷり振り返ります。

01鶴久政治のプロフィール

名前
鶴久政治(つるく まさはる)
生年月日
1964年3月31日(62歳)
出身地
福岡県久留米市
職業
ミュージシャン、作曲家、タレント、俳優
担当
チェッカーズのサイドボーカル・キーボード
デビュー
1983年9月21日「ギザギザハートの子守唄」
主な作曲作品
「WANDERER」「Jim&Janeの伝説」「Room」、STU48「花は誰のもの?」ほか
所属
株式会社ボールド

チェッカーズの地元・久留米出身で、デビューから40年以上たった今も曲を書き続けている、筋金入りのメロディメーカーです。

02全盛期の活躍――チェッカーズのメロディメーカー

ファルセットで彩ったサイドボーカル

1983年9月21日、チェッカーズは「ギザギザハートの子守唄」でデビューしました。翌年には「涙のリクエスト」が大ヒットし、続く「哀しくてジェラシー」「星屑のステージ」などで一気にトップアイドルバンドの座へ駆け上がります。7人組のメンバーの中で、鶴久さんの役割はサイドボーカルとキーボード。藤井郁弥さんのメインボーカルに、高音のファルセットを重ねてハーモニーに厚みを出すのが鶴久さんの持ち味でした。あの頃のチェッカーズの曲を思い出すと、サビの後ろで裏声がきれいに響いていたのを覚えている方もいるのではないでしょうか。

チェッカーズはNHK紅白歌合戦に9年連続で出場しており、まさに80年代を代表するバンドのひとつ。その中で鶴久さんは、派手に目立つタイプではないものの、グループのサウンドを支える欠かせない存在でした。

オリジナル路線で開花した作曲の才能

チェッカーズの初期のヒット曲は、作詞・売野雅勇さん、作曲・芹澤廣明さんのコンビによる提供曲が中心でした。転機は1986年秋。メンバー自身が作詞・作曲を手がけるオリジナル路線へと舵を切ったのです。ここで一気に才能を開花させたのが鶴久さんでした。

1987年のシングル「WANDERER」、1988年の「Jim&Janeの伝説」、1989年の「Room」など、チェッカーズ中・後期のシングル曲を次々と作曲。ほかにも「Cherie」「Friends and Dream」「夜明けのブレス」といった楽曲も鶴久さんのメロディです。作詞を担当した藤井郁弥さん、サックスの藤井尚之さんらとともに、「アイドルバンド」から「自作自演のロックバンド」へとグループを脱皮させた立役者のひとりと言ってよいでしょう。

東京ドームのステージとソロ活動

1988年7月にアルバム『SCREW』をリリースしたチェッカーズは、同年8月26日、開業したばかりの東京ドームで公演を行いました。結果的に、これがチェッカーズにとって最初で最後の東京ドーム公演となります。鶴久さんにとっても、キャリアの頂点を象徴するステージのひとつでした。

また、チェッカーズ在籍中から「MASAHARU」名義でソロ活動も展開し、シングルやアルバムを発表。ボーカリストの高橋リナさんとのデュエットユニット「MASARINA」としての活動もありました。グループの枠を超えて、自分の歌と曲を届けようとしていた時期です。

03解散後の歩み――見えない時期と再出発

1992年の大晦日、NHK紅白歌合戦のステージを最後にチェッカーズは解散しました。約9年半、日本の音楽シーンの真ん中を走り続けたバンドの幕引きです。

解散後の鶴久さんは、ソロとしてのライブやCD制作、作詞・作曲、プロデュース、さらには俳優やバラエティ番組への出演と、多方面で活動を続けました。映画では1996年の『(ハル)』、2000年の『ちんちろまい』、2016年の『イタズラなKiss THE MOVIE ハイスクール編』などに出演しています。

とはいえ、フロントマンだった藤井フミヤさんのように常にスポットライトを浴びる立場ではなかったのも事実。そのことを本人が率直に語ったのが、2015年11月に放送されたテレビ朝日系『しくじり先生』への出演でした。番組では、デビュー時にツインボーカル的な立ち位置からサイドボーカルへと役割が変わった際、異を唱えずに受け入れたこと、そしてバンド解散後に仕事が大きく減っていったことを、自虐も交えつつ振り返っています。華やかな経歴の裏にあった葛藤を、自分の言葉で笑いに変えて語れる――そんな人柄が伝わる出演でした。

同じ2015年には、宝島社から著書『片付けで人生が変わる! 鶴久政治流おそうじのススメ』を出版。実は鶴久さん、芸能界きっての「掃除好き」「片づけ好き」としても知られていて、この一面がバラエティでの新たなキャラクターにもなりました。

そして2020年代、鶴久さんは作曲家として大きな再ブレイクを迎えます。

  • 1983年9月チェッカーズのメンバーとして「ギザギザハートの子守唄」でデビュー。
  • 1986年秋チェッカーズがメンバー自作のオリジナル路線へ移行。作曲家としての活動が本格化。
  • 1987年作曲を手がけたシングル「WANDERER」をリリース。
  • 1988年作曲作「Jim&Janeの伝説」をリリース。8月26日には東京ドーム公演を開催。
  • 1992年12月NHK紅白歌合戦のステージを最後にチェッカーズが解散。
  • 2015年宝島社から掃除・片づけの著書を出版。11月には『しくじり先生』に出演。
  • 2022年4月作曲を担当したSTU48の8thシングル「花は誰のもの?」が発売され、ロングヒットに。
  • 2023年4月ソロ作品やデュエット企画など計81曲の配信がスタート。
  • 2025年10月櫻坂46のBACKS曲「木枯らしは泣かない」を作曲。
  • 2026年1月乃木坂46の5thアルバム『My respect』収録の3期生曲「世界はここにある」を作曲。
  • 2026年3月チェッカーズの1988年東京ドーム公演が4Kリマスター版で劇場公開。

04作曲家としての深掘り――アイドル楽曲との縁

約300曲を提供してきた職人

意外に知られていないのが、鶴久さんの楽曲提供の幅広さです。チェッカーズ解散後から現在までに、光GENJI、沢田研二さん、島谷ひとみさん、STU48など、多くのアーティストに約300曲を提供してきたと紹介されています。表に立つ「歌手・鶴久政治」の印象が薄くなっていた時期も、作曲家としての仕事はずっと続いていたわけです。

「花は誰のもの?」という転機

そんな鶴久さんの名前が再び大きく報じられたのが、2022年4月13日に発売されたSTU48の8thシングル「花は誰のもの?」です。作詞は秋元康さん、作曲は鶴久さん。「もしこの世界から国境が消えたら」という歌い出しで始まる、平和への願いを込めたメッセージソングでした。

この曲はオリコン週間ランキングで2位を記録し、日本レコード協会のプラチナ認定も獲得。有線放送でも長く上位に入り続けるロングヒットとなり、STU48にとってもグループの代表曲のひとつになりました。チェッカーズ世代の方が「作曲、鶴久政治」のクレジットを見て驚いた――という声も当時よく見かけたものです。

同年秋に公開された対談インタビューで、鶴久さんは秋元さんの歌詞について次のように語っています。

最初の『もしこの世界から 国境が消えたら』の時点で、国境というワードを使ったことがすごいなって。 出典:bezzy 2022年10月2日

重くなりがちなテーマを、花のモチーフとメンバーたちの明るい振り付けで包み込んだことにも触れていて、曲を「届ける」ところまで考え抜く作曲家としての視点がうかがえます。

坂道グループへと広がる信頼

「花は誰のもの?」の成功以降、鶴久さんへの楽曲依頼はさらに広がりました。2024年にはAKB48やSKE48へ楽曲を提供し、SKE48の33rdシングル「告白心拍数」(2024年10月2日発売)には鶴久さん作曲の「恋の哲学者」が収録されています。

2025年には櫻坂46へ。13thシングル「Unhappy birthday構文」の初回仕様限定盤TYPE-Aに収録されたBACKSメンバーによる楽曲「木枯らしは泣かない」で、作曲・編曲をカトウリョータさんと共同で担当しました。音楽ニュースサイトでも「元チェッカーズ鶴久政治」の名前とともに取り上げられ、坂道ファンの間でも話題に。こうして「秋元康作詞×鶴久政治作曲」という組み合わせは、ひとつの信頼のブランドのようになっていきます。

05鶴久政治の2026年現在の活動

乃木坂46へ初の楽曲提供

2026年の大きなトピックは、なんといっても乃木坂46への楽曲提供です。2026年1月14日に発売された乃木坂46の5thアルバム『My respect』に、3期生による楽曲「世界はここにある」が収録されました。作詞は秋元康さん、作曲・編曲は鶴久さんと野口大志さん。鶴久さんにとって乃木坂46への楽曲提供はこれが初めてとされています。

これでSTU48、AKB48、SKE48、櫻坂46、乃木坂46と、秋元康さんがプロデュースする主要グループの多くに曲を届けたことになります。60代に入ってなお、10代・20代のアイドルが歌うメロディを書き続けている――これは本当にすごいことですよね。

チェッカーズの東京ドーム公演が劇場に

2026年3月20日には、『チェッカーズ 1988 SCREW TOUR at 東京ドーム 4Kリマスター』が全国の映画館で期間限定公開されました。1988年8月26日に行われた、チェッカーズ唯一の東京ドーム公演を4Kアップグレードとドルビーアトモスで蘇らせた作品で、上映時間は約150分。本編のあとにはボーナス映像も上映されました。

2024年には『チェッカーズ 1987 GO TOUR at 中野サンプラザ デジタルレストア版』も劇場公開されており、デビュー40周年を機にチェッカーズの映像を大スクリーンで楽しむ流れが続いています。鶴久さんも出演者のひとりとしてクレジットされていて、若き日のファルセットやキーボードを弾く姿を、当時を知るファンも、知らない世代も映画館で改めて目にすることができました。

NHKカルチャーで「キャリアの築き方」を語る

2026年7月11日から8月9日にかけては、NHKカルチャーのオンデマンド講座「鶴久政治というキャリアの築き方~チェッカーズから作曲家、掃除男子の一面まで~」が配信されました。講座の紹介文では、その内容が次のように説明されています。

当時の音楽シーンを振り返りながら、時代をこえて愛される曲とは何か、作曲家・プロデューサーの視点で語ります。 出典:NHKカルチャー 講座紹介 2026年

さらに「片づけすぎるミュージシャン」としての一面にも触れ、人生を豊かにするキャリアの築き方や仕事の楽しみ方について話す構成だったようです。チェッカーズ時代の苦労も、掃除好きというユニークな個性も、すべてを自分のキャリアとして前向きに語れるのが鶴久さんらしいところ。講演・トークショーの依頼も受け付けており、トークとライブを組み合わせたステージも可能と案内されています。

SNSでの発信とソロ作品の配信

現在の鶴久さんの近況は、公式X(@Tsurukumasaharu)や公式Instagram(@masaharutsuruku)で知ることができます。Xでは楽曲提供の告知などをこまめに発信していて、新曲のクレジットが出るたびにファンや各グループのファンから反響が寄せられています。

また、2023年4月からはソロ時代のシングルやアルバム、MASARINAなどのデュエット企画を含む計81曲が各配信サービスで聴けるようになりました。『LOVIN’ SPOONFUL』『Timely』『I’m Your Home』といったアルバムも含まれているので、「チェッカーズ以外の鶴久さんの歌を聴いたことがない」という方は、この機会にぜひ触れてみてください。

06まとめ

チェッカーズのサイドボーカルとして80年代を駆け抜け、「WANDERER」「Jim&Janeの伝説」などの名曲を生み出した鶴久政治さん。解散後は表舞台で目立つ機会が減った時期もありましたが、作曲の仕事を地道に続け、2020年代に入ってからはアイドルグループへの楽曲提供で再び大きな注目を集めています。

鶴久政治 2026年現在まとめ

  • チェッカーズのサイドボーカル・キーボード担当で、中・後期シングルの作曲も担った
  • 2022年、STU48「花は誰のもの?」を作曲し、プラチナ認定のロングヒットに
  • SKE48、AKB48、櫻坂46にも楽曲を提供し、2025年は櫻坂46「木枯らしは泣かない」を作曲
  • 2026年1月、乃木坂46の3期生曲「世界はここにある」で同グループへ初の楽曲提供
  • 2026年3月、チェッカーズの1988年東京ドーム公演が4Kリマスターで劇場公開
  • 2026年夏、NHKカルチャーのオンデマンド講座でキャリアや作曲について語った
  • 掃除・片づけ好きとしても知られ、著書も出版している

「今、何してる?」の答えは、「いまも第一線で曲を書いている」でした。かつてテレビの中で見ていたあのファルセットの人が、今は娘や息子の世代が口ずさむアイドルソングの作り手になっている――そう考えると、なんだか胸が熱くなりますよね。次にアイドルの新曲を聴くときは、ぜひ作曲クレジットにも目を向けてみてください。そこに「鶴久政治」の名前が見つかるかもしれません。