「ギザギザハートの子守唄」のイントロが鳴った瞬間、チェックの衣装に身を包んだ7人の姿がよみがえる――そんな方も多いのではないでしょうか。チェッカーズのリーダーであり、ステージ向かって左側で長髪をなびかせながらギターをかき鳴らしていたのが武内享(たけうち とおる)さんです。ボーカルの藤井フミヤさんをバンドに誘ったのもこの人でした。1992年の解散から30年以上がたち、「トオルさんって今は何をしているの?」と気になっている方もいるはず。実は武内さん、2026年の今も全国を飛び回り、ほぼ毎月のようにステージに立っています。この記事では全盛期の歩みから解散後の活動、そして最新の動きまでをじっくりたどっていきます。

01武内享のプロフィール

名前
武内享(たけうち とおる)
生年月日
1962年7月21日(64歳)
出身地
福岡県田川市
出身校
福岡県立八女工業高等学校
血液型
O型
担当
ギター、作曲、音楽プロデュース
所属バンド
チェッカーズ(1980年結成〜1992年解散)、アブラーズ(2003年〜)
愛称
トオル、アンバサダー武内、Crazy Tohru

還暦を過ぎてもトレードマークの長髪は健在で、「チェッカーズのリーダー」というイメージがいまも色あせない人です。

02全盛期の活躍――チェッカーズのリーダーとして

久留米で7人のバンドを結成

チェッカーズが結成されたのは1980年、福岡県久留米市でのことでした。メンバーは藤井郁弥(現・藤井フミヤ)さん、高杢禎彦さん、鶴久政治さん、武内享さん、大土井裕二さん、徳永善也さん、藤井尚之さんの7人。武内さんはリーダーとギターを担当し、フミヤさんをバンドに誘い入れた中心人物でもあります。

アマチュア時代、武内さんは楽器のセールスマンとして働いていたことが知られています。地元のライブハウスやコンテストで腕を磨いた若者たちが、やがて日本中を熱狂させることになるとは、当時は誰も想像していなかったかもしれません。

「ギザギザハートの子守唄」でデビュー、そして社会現象へ

1983年9月21日、チェッカーズはシングル「ギザギザハートの子守唄」でデビューします。翌1984年には「涙のリクエスト」が大ヒットし、「哀しくてジェラシー」「星屑のステージ」と立て続けにヒットを連発。複数のシングルが同時にチャート上位に並ぶという、当時でも異例の現象を巻き起こしました。

チェックの衣装、前髪を長く垂らしたヘアスタイル、そしてアイドル的な人気とバンドとしての演奏力。その両方を兼ね備えた存在は新鮮で、1985年には主演映画『CHECKERS IN TAN TAN たぬき』も公開されました。武内さんはステージ上でギターを弾きながら、バンドのまとめ役として7人を引っ張っていきます。

自作曲の時代と「作曲家・武内享」

1986年の「NANA」以降、チェッカーズは自作曲中心のバンドへと舵を切ります。武内さんも作曲者として多くの楽曲を手がけ、「ONE NIGHT GIGOLO」「TOKYO CONNECTION」などが代表的な作品として挙げられています。アルバム曲やカップリング曲にも武内さんの曲が多く、バンドのロック色を支えた一人でした。

ちなみに武内さんはもともと左利きで、選べるギターの幅を広げるために右利き用のギターを弾けるよう練習した、というエピソードも伝えられています。1988年にはNHK総合の音楽番組「サウンドプラザ」で司会も務めるなど、ギタリストの枠にとどまらない活躍を見せました。

1988年8月26日には、開業したばかりの東京ドームで単独公演を実施。結果的にこれがチェッカーズにとって最初で最後の東京ドーム公演となりました。この日のライブ映像が、2026年に思わぬ形で再び脚光を浴びることになります(後ほど詳しく紹介します)。

03解散とその後の歩み

チェッカーズは1992年に解散します。10年近く第一線を走り続けたバンドの幕引きは、多くのファンにとって大きな出来事でした。

解散後の武内さんは、表舞台で歌うソロ歌手というよりも、「音楽の裏方」としての道を広げていきます。武田真治さんやCHEMISTRYのサポートギタリストを務め、武田真治さんについてはプロデュースも担当。SIDE-ONEのプロデュースなど、若いアーティストを支える仕事にも携わりました。一方で1999年にはソロアルバム『Living Rock』を発表し、自身の音楽も発信しています。

そして2003年、チェッカーズの楽器演奏メンバーによるバンド「アブラーズ」が始動。ここから武内さんの活動は、「チェッカーズの音楽をファンと一緒に楽しむ」方向へと大きく軸足を移していきます。

  • 1980年福岡県久留米市でチェッカーズを7人で結成。リーダー兼ギターを担当。
  • 1983年9月「ギザギザハートの子守唄」でデビュー。
  • 1984年「涙のリクエスト」などのヒットで一躍国民的バンドに。
  • 1988年8月東京ドームで単独公演。チェッカーズ唯一の東京ドーム公演となる。
  • 1992年チェッカーズ解散。
  • 1993年アルバム『cool christmas』を制作・発売。
  • 1999年ソロアルバム『Living Rock』、シングル「目覚めの丘」を発表。
  • 2003年大土井裕二さん、藤井尚之さん、徳永善也さんとアブラーズを結成。
  • 2004年ドラムの徳永善也さんが死去。以後も3人でアブラーズを継続。
  • 2011年川崎アティックでチェッカーズの曲で楽しむパーティー「Standing On The Rainbow」を開催。のちのレインボー企画の原点に。
  • 2025年9月大阪でデビュー42周年を祝うレインボー企画を開催し、満員の盛況に。
  • 2026年3月ライブ映画『チェッカーズ 1988 SCREW TOUR at 東京ドーム 4Kリマスター』が劇場公開。
  • 2026年10月〜11月アブラーズ サミットツアー2026で全国8都市を回る予定。

04アブラーズという居場所

楽器隊4人で始まったバンド

アブラーズは、2003年に武内さん(ギター)、藤井尚之さん(サックス)、大土井裕二さん(ベース)、徳永善也さん(ドラム)の4人で結成されたバンドです。表記は「a-bra:z」。チェッカーズのボーカル陣を除いた「楽器を弾くメンバー」が集まった形で、昔のファンにとってはうれしい再会でした。

しかし2004年、ドラムの徳永善也さんが亡くなります。バンドにとってあまりにも早い別れでしたが、アブラーズは活動をやめることなく、武内さん、大土井さん、尚之さんの3人で続いていきました。

ユーモアたっぷりのステージ

アブラーズの魅力は、演奏の確かさと同じくらい「ゆるさ」と「笑い」にあります。メンバーはそれぞれ「アンバサダー武内」「アルマジロ大土井」「リットル藤井」というユーモラスな呼び名でステージに立ち、トークでも客席を沸かせます。チェッカーズ時代はフロントの3人の陰に隠れがちだった楽器隊が、ここでは主役。昔なじみの3人が楽しそうに音を合わせる姿は、見ている側までうれしくなりますね。

「サミット」と「ミニサミ」という仕組み

アブラーズは、不定期開催のイベント「アブラサミット」と、月に一度の定例会「ミニサミ」という形で活動を続けています。ミニサミは配信も行われており、たとえば2026年9月19日には配信形式で開催され、e+で視聴チケットが販売されました。遠方に住んでいて会場に行けないファンにも、毎月のように3人の姿を届けられる仕組みになっているわけです。

武内さん自身も、アブラーズの運営に深く関わっています。アブラーズの公式ブログでは問い合わせ先として武内さんのメールアドレスが記されており、チケットの当落連絡やグッズ案内なども細やかに発信されています。リーダー気質は、解散から30年以上たっても変わっていないのかもしれません。

052026年現在の活動

4Kリマスターで東京ドーム公演が劇場に

2026年、チェッカーズファンにとって大きな話題となったのが、ライブ映画『チェッカーズ 1988 SCREW TOUR at 東京ドーム 4Kリマスター』の劇場公開です。1988年8月26日の東京ドーム公演の映像を、4K画質相当へのアップグレードとドルビーアトモスによる音声でよみがえらせたもので、2026年3月20日に公開されました。本編終了後には特典映像も上映されています。

2024年には『チェッカーズ 1987 GO TOUR at 中野サンプラザ デジタルレストア版』も劇場公開されており、2025年12月には東京ドーム公演のリマスター版Blu-rayも発売されました。若き日の武内さんがギターを弾く姿を、大きなスクリーンと最新の音響で見られるのは、往年のファンにとって何よりの贈り物ではないでしょうか。

15周年を迎えたレインボー企画

武内さんが主催する名物イベントが「レインボー」です。原点は2011年に川崎アティックで開かれた「Standing On The Rainbow」というパーティーで、チェッカーズの楽曲を時系列で流し、ゲストバンドのカバー演奏も交えてファン同士で盛り上がるという内容でした。武内さん自身もブログで、チェッカーズ好きが集まってワイワイできる場を目指したと振り返っています。

このレインボー企画は2026年で15周年。9月23日には大阪・梅田で「大阪レインボー」が開かれました。一方、9月21日に予定されていた「品川レインボー」(品川HUMVEE HALL)は台風25号の影響で延期となり、振替公演は12月20日に決まっています。延期のお知らせでも、武内さんらしい前向きな言葉が添えられていました。

開き直った「15周年・品川レインボーでクリスマス!」にするか 出典:武内享ブログ「オレの血となれ肉となれ」 2026年9月20日

ちなみに前年の2025年9月には、大阪でデビュー42周年を祝うレインボーが開催され、会場はソールドアウトに。チェッカーズの曲をDJスタイルで流しながら、ときに自ら歌い、ギターを弾くというスタイルで、ライブレポートでは1〜2秒のイントロで曲名を当てる「イントロドン」コーナーが大いに盛り上がったこと、武内さんのMCが「面白くてお客さんの弄り方が上手」だったことが伝えられています。

バー武内、ギザ野郎、武高――全国を巡るイベント群

武内さんの活動の幅広さは、イベントの名前を並べるだけでも伝わってきます。

まず「バー武内」。実在するバーを会場に、武内さんがマスターとしてファンを迎えるバー形式のイベントで、2012年ごろから続く企画です。2026年10月4日には福島県郡山市での開催が予定されています。

続いて「ギザギザハートの野郎達」、通称「ギザ野郎」。武内さんに加え、少林兄弟のワタルさんや武田真治さんらが出演してきたイベントで、2025年12月の神戸2Daysでは「2日かけてチェッカーズの10年を振り返る」というテーマが掲げられていました。2026年9月には札幌で2Days公演が開かれ、11月にも札幌での開催が告知されています。

さらにユニークなのが「武高」です。武内さんが「理事長」を務める学校という設定のイベントで、参加者は生徒手帳に出席のハンコをもらえるという遊び心たっぷりの内容。2026年9月5日には川崎アティックで「武高夏祭り」が開かれ、駄菓子やブロマイドの販売、やぐら風ステージでのカラオケショーやトークが行われました。年末には「武高忘年会」も恒例になっています。

このほか、10月3日には仙台で「芋煮」をテーマにしたイベント、10月18日には鹿児島でのロックショーも予定されており、まさに北から南まで全国を巡る日々です。

アブラーズ サミットツアー2026

秋の大きな山場が「アブラーズ サミットツアー2026」です。10月31日の兵庫・月世界を皮切りに、愛知、大阪、福岡、北海道、宮城、群馬と回り、11月22日に東京・duo MUSIC EXCHANGEでファイナルを迎える全8公演が予定されています。チケットは複数回に分けて抽選受付が行われ、ツアーTシャツの予約販売も実施されました。

情報発信は、ブログ「オレの血となれ肉となれ」と公式X(@toru_master2)が中心。イベントの受付やスケジュール変更もここで細かく告知されているので、気になる方はチェックしてみてください。

06まとめ

チェッカーズ解散から30年以上。武内享さんは、かつての栄光にしがみつくのでも、過去を封印するのでもなく、「チェッカーズの音楽をみんなで楽しむ場」をコツコツと作り続けてきました。サポートやプロデュースで培った経験も、いまのイベントづくりに生きているのかもしれません。

武内享 2026年現在まとめ

  • チェッカーズのリーダー兼ギタリストとして1983年にデビュー。作曲も手がけた
  • 解散後は武田真治さんやCHEMISTRYのサポート、プロデュースで活躍
  • 2003年結成のアブラーズで、大土井裕二さん・藤井尚之さんと活動を継続中
  • 2026年はアブラーズ サミットツアーで全国8都市を回る予定
  • 主催イベント「レインボー」が15周年。品川公演は12月20日に振替
  • バー武内、ギザ野郎、武高など、全国各地でファン参加型のイベントを開催
  • 2026年3月には1988年の東京ドーム公演が4Kリマスターで劇場公開

「あの頃」を大切にしながら、それを今の楽しみに変えていく。64歳になった武内さんの毎日は、懐かしさだけではない、現在進行形の音楽活動そのものです。もし近くの街でイベントが開かれるなら、一度足を運んで、イントロ当てに参加してみるのも楽しいかもしれませんね。