1990年代半ば、カラオケで誰もが一度は歌った「シングルベッド」。つんく♂さんの歌声の後ろで、長い髪をなびかせながらギターを弾いていたのが、シャ乱Qのリーダー・はたけさんでした。実はあの切ないメロディを書いたのもはたけさん本人なんです。バンドが活動休止状態になって久しい今、「はたけさんって今どうしてるの?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。結論から言うと、はたけさんはインドネシア・バリ島に拠点を置いてライブハウスを営み、さらに日本では新バンド「HATAKE BAND」でアルバムを出すなど、50代後半になっても現役のバンドマンとして動き続けています。この記事では、全盛期の活躍から活動休止後の歩み、そして2026年現在の姿までをじっくり振り返ります。
01はたけのプロフィール
- 本名
- 畠山俊昭(はたけやま としあき)
- 生年月日
- 1968年8月17日(58歳)
- 出身地
- 大阪府大阪市
- 血液型
- A型
- 担当
- シャ乱Qのリーダー・ギター
- 職業
- ミュージシャン、作曲家、音楽プロデューサー
- 主な作曲曲
- 「シングルベッド」「上・京・物・語」ほか
- 所属
- ジェイピィールーム(2012年10月に移籍)
ギタリストでありながら、バンドの代表曲を何曲も書いたメロディメーカーだったという点は、改めて押さえておきたいポイントです。
02全盛期の活躍――シングルベッドを生んだメロディメーカー
大阪の大学生バンドから始まった
シャ乱Qが結成されたのは1988年12月。大阪の近畿大学の学生を中心にした5人組で、バンド名はそれぞれが組んでいたアマチュアバンドの名前を組み合わせたものだとされています。ボーカルのつんく♂さん、ギターのはたけさん、ドラムのまことさん、キーボードのたいせいさん、そしてベースのしゅうさん。はたけさんはこのバンドのリーダーとして、メンバーをまとめる立場にありました。
1992年7月にメジャーデビューを果たしますが、最初の数年はなかなか芽が出ず、苦しい時期が続きます。それでも1994年の「上・京・物・語」がスマッシュヒットとなり、少しずつ名前が知られるようになっていきました。上京してきた若者の心情を描いたこの曲、作曲を手がけたのがはたけさんです。
「シングルベッド」がロングヒットに
転機になったのが、1994年10月に発売された「シングルベッド」です。作詞はつんく♂さん、作曲ははたけさん。別れた恋人を思い出す男性の未練を描いたバラードは、発売直後から爆発的に売れたわけではありませんでしたが、じわじわとチャートに居座り続け、最終的にはミリオンセラーへと成長しました。
はたけさんが手がける曲はスローテンポのバラードが多く、つんく♂さんが手がける曲はアップテンポなものが多い、と言われることがあります。その対比がシャ乱Qというバンドの幅を広げていたんですね。ちなみにはたけさんのギターは、編曲でヘヴィメタル風の音作りになることもあるとされ、もともとハードロック/ヘヴィメタル好きのギタリストとしての顔も持っています。
紅白3年連続出場、ミリオン連発の時代
1995年には「ズルい女」が大ヒットし、シャ乱Qは一気にトップバンドの仲間入りを果たします。同年から1997年までNHK紅白歌合戦に3年連続で出場し、シングル・アルバムともにミリオンセラーを連発。「涙の影」ではオリコン週間シングルチャート1位も獲得しています。
ステージでは派手なルックスのつんく♂さんに目が行きがちでしたが、はたけさんの長髪とギターを構える姿、そしてバラエティ番組で見せる関西弁のトークも印象に残っている方は多いはず。バンドのリーダーとして、音楽面でもキャラクター面でも欠かせない存在でした。
03活動休止とその後の歩み
全盛期を駆け抜けたシャ乱Qですが、1998年にベースのしゅうさんが脱退。その後2000年12月にグループとしての活動を休止し、メンバーはそれぞれソロ活動やプロデュース業へと軸足を移していきます。つんく♂さんがモーニング娘。をはじめとするハロー!プロジェクトのプロデューサーとして時代を築いたのはよく知られていますよね。
はたけさんも、この時期にはすでに作曲家・プロデューサーとして実績を積んでいました。2006年にはシャ乱Qが再始動し、結成20周年、25周年の節目にも活動しましたが、2014年に再び活動を休止。同じ年につんく♂さんが喉頭がんの治療を公表し、2015年には声帯を摘出したことを明かしました。シャ乱Qは解散ではなく「活動休止」という扱いのまま現在に至っています。
はたけさん自身は、つんく♂さんの歌唱が難しくなったことやコロナ禍を経て、自分の音楽を見つめ直したと語っています。その答えが、のちのバリ島移住とHATAKE BANDの本格始動につながっていきます。
- 1988年12月大阪でシャ乱Qを結成。はたけさんはリーダー兼ギターを担当。
- 1992年7月メジャーデビュー。
- 1994年10月はたけさん作曲の「シングルベッド」を発売し、ロングヒットに。
- 1995〜1997年NHK紅白歌合戦に3年連続出場。
- 2000年12月シャ乱Qがグループとしての活動を休止。
- 2006年シャ乱Qが再始動。
- 2012年10月所属事務所をアップフロントエージェンシーからジェイピィールームへ移籍。
- 2014年シャ乱Qが再び活動休止。
- 2020年12月バリ島サヌールを拠点にした活動について、現地ウェブ誌のインタビューで語る。
- 2021年サヌールにライブハウス「HATAKE SANUR」を開業。
- 2025年6月HATAKE BANDの1stアルバム『転落』を配信リリース。
- 2025年7〜9月東京・大阪・岩手でレコ発ライブを開催。木更津をテーマにした楽曲「もうひとつの千葉」も発表。
- 2025年12月日本テレビ系『サンキュ!ウィッチマン』で、バリ島でのエピソードが紹介される。
04プロデューサーと料理人という顔
作曲家・プロデューサーとしての実績
シャ乱Qの活動休止前後から、はたけさんは楽曲提供やプロデュースでも存在感を発揮してきました。代表的なのが、オーディション番組『ASAYAN』からデビューした平家みちよさんのプロデュースです。1997年から2000年にかけて多くの楽曲を手がけ、作曲・編曲からギタープレイまで自分でこなしていたとされています。
ほかにも工藤静香さん、後藤真希さん、森進一さん、真琴つばささん、メロン記念日、V6、加藤紀子さんなど、提供先は実に多彩。2009年から2012年にかけては真野恵里菜さんの楽曲も手がけ、一部は本名の「畠山俊昭」名義でクレジットされています。2015年には華原朋美さんが「ズルい女」をカバーした際に「華原朋美 feat. はたけ(シャ乱Q)」名義で参加し、アルバム『MEMORIES 3 -Kahara Back to 1995-』に収録されました。
海外のミュージシャンとの交流も豊富で、カーマイン・アピスさん、ドン・ドッケンさん、ザック・ワイルドさん、ポール・ギルバートさんといったハードロック界の名プレイヤーとのレコーディングやセッション経験もあるそうです。ギタリストとしての根っこがどこにあるのか、よくわかるラインナップですよね。
デジタル好きのアーティスト
意外な一面として、はたけさんはデジタル分野にも詳しく、ミュージシャンとして初めて月刊アスキーの表紙を飾ったことがあるとされています。自身のPVやアーティスト写真の企画・撮影・編集を自分で手がけることもあるそうで、後で触れるHATAKE BANDのMVも、メンバー4人とiPhone1台で撮影・編集したと明かしています。何でも自分の手でやってみる、というスタンスは昔から変わらないようです。
テレビで話題になった料理の腕前
もうひとつ、はたけさんを語るうえで外せないのが料理です。きっかけは『さんまのまんま』に出演した際、明石家さんまさんに焼きラーメンを振る舞ったところ好評だったことだそうです。その後『月曜から夜ふかし』や『有吉反省会』でも取り上げられ、2016年12月からはフジテレビ『バイキング』の料理企画に不定期で出演しました。クックパッドに「マイキッチン」を設けていたこともあり、「料理がうまいミュージシャン」としてはたけさんを知った若い世代もいるかもしれません。2013年公開の映画『デイズ 私がアイツになった時…』には俳優として出演するなど、活動の幅は本当に広いんです。
052026年現在の活動
バリ島サヌールで「大人の原点回帰」
はたけさんの近年の活動を語るうえで最も大きなトピックが、インドネシア・バリ島への拠点移動です。2020年12月、バリ島の情報を発信するウェブ誌のインタビューで、はたけさんはサヌールに家をロングリースして拠点をつくったことを明かしています。繁華街から離れすぎず、それでいて落ち着いた場所としてサヌールを選んだのだそうです。
インタビューでは「インドネシアの人と一緒にやりたい」と語り、現地で知り合った人に声をかけてドラマーやベーシストを探すところから始めたというエピソードも。自分の知名度が届かない場所で、もう一度ゼロからバンドをつくる。そんな決意を、はたけさんは「大人の原点回帰」という言葉で表現していました。
そして2021年、サヌールのタンブリンガン通り沿いにライブハウス「HATAKE SANUR」をオープン。開業当時の現地ブログによると、アマチュアバンドの生演奏やカラオケが楽しめる店で、ステージやはたけさんのギターコレクションも飾られていたそうです。コロナ禍のさなかに防音資材がなかなか届かないといった苦労もあったようですが、無事に開店にこぎつけています。日本とバリ島を行き来する二拠点生活を送っているとも伝えられています。
HATAKE BANDで1stアルバム『転落』
日本での音楽活動の中心になっているのが、自身がリーダーを務める「HATAKE BAND」です。実はこのバンド、2010年ごろからひっそり存在していて、ライブは年に数回程度だったそう。それが2024年夏に新メンバーがそろい、約20曲のデモを録音したことで本格的に動き出しました。
メンバーは、ボーカルに感覚ピエロの横山直弘さん、ベースにTOMOさん、ドラムにAOTOさん、そしてギターのはたけさん。リズム隊は六本木のロックバー「BAUHAUS」ゆかりのメンバーで、ドラムのAOTOさんは日韓合同のアイドルバンド・オーディションで出会った当時19歳の若者だそうです。親子ほど年の離れたメンバーと組むあたり、はたけさんらしい柔軟さを感じますよね。
2025年6月21日には、1stアルバム『転落』を配信限定でリリース。「どん底」「お金貸して」「天罰」「知らんけどね」など、タイトルを見ただけでも人間くささがにじむ15曲が収録され、全曲をはたけさんが手がけています。音楽誌のインタビューで、はたけさんはこんなふうに語っていました。
ギターも嫌いじゃないけどバンド活動が好きなんです。そう、オレは根っからのバンドマン!! 出典:MUSIC LIFE CLUB 2025年6月6日
サウンドよりも「歌詞やメッセージが聴き手にしっかり伝わる音楽」をやりたい、とも話していて、シャ乱Q時代のメロディメーカーとしての感覚が、今度は言葉の側に向かっているようにも見えます。リリース後は、2025年7月26日に東京・六本木BAUHAUS、8月9日に大阪・北堀江club vijon、9月13日に岩手・奥州 back stateでのレコ発ライブが発表されました。
木更津のご当地ソング「もうひとつの千葉」
2025年7月には、千葉県木更津市公認のふるさと応援団「C-Style」とタッグを組み、木更津をテーマにした楽曲「もうひとつの千葉」を作詞・作曲したことも発表されました。木更津の夏の風物詩「やっさいもっさい踊り大会」の公式ソング採用を目指して制作された曲で、制作発表は木更津市役所の駅前庁舎で行われました。
はたけさんは木更津について「いい意味で力が抜けていて良い」と話し、意気込みすぎないところが木更津らしい、と楽曲のコンセプトを説明していました。木更津出身の綾小路翔さんにも曲を聴いてもらい、「良かったよ」と言われたというエピソードも紹介されています。
パンサー菅さんが明かしたバリ島での人柄
2025年12月28日放送の日本テレビ系『サンキュ!ウィッチマン』では、はたけさんのバリ島での人柄が伝わるエピソードが紹介されました。お笑いトリオ・パンサーの菅良太郎さんは、バリ島でラーメン店を営んでいた父親がコロナ禍に亡くなった際、見知らぬ番号から電話を受けたそうです。電話の主は、葬儀は現地の人たちと進めるから安心してほしいと伝えてくれたといい、名前を尋ねると「はたけ」と名乗ったのだとか。
番組では菅さんがはたけさんの住むバリ島を訪ね、はたけさんは現地の日本人コミュニティーで菅さんの父親と知り合い、日本酒を酌み交わす仲になったと説明しています。
ありがたいどころの騒ぎじゃないです。めちゃくちゃ感謝してます 出典:ENCOUNT 2025年12月29日
ライブハウスを開くだけでなく、現地の人とのつながりの中で暮らしている様子が伝わってくる話ですよね。なお2026年8月には『24時間テレビ49』でつんく♂さんと家族の実話をもとにしたスペシャルドラマ『幸せはある』が放送され、シャ乱Qの歴代CDジャケットが再現されるなど、バンドそのものにも改めて注目が集まりました。ただ、シャ乱Qとしての再始動は現時点で発表されていません。
06まとめ
「シングルベッド」のメロディを書き、シャ乱Qのリーダーとして90年代を駆け抜けたはたけさん。バンドの活動休止後も、作曲家・プロデューサーとして多くのアーティストに楽曲を届け、料理の腕前でテレビを賑わせ、そして50代でバリ島に拠点を移してライブハウスを開くという、なかなか真似できない道を歩んできました。
シャ乱Q はたけ 2026年現在まとめ
- 本名は畠山俊昭さん、1968年生まれの58歳。シャ乱Qのリーダー兼ギタリスト
- 「シングルベッド」「上・京・物・語」の作曲者で、平家みちよさんらのプロデュースも担当
- 2021年にバリ島サヌールでライブハウス「HATAKE SANUR」を開業
- 2025年6月、HATAKE BANDの1stアルバム『転落』を配信リリースし、東京・大阪・岩手でレコ発ライブ
- 2025年7月、木更津をテーマにした楽曲「もうひとつの千葉」を発表
- 2025年12月、パンサー菅さんがバリ島での縁をテレビで明かし話題に
- シャ乱Qは解散ではなく活動休止中。再始動の発表は現時点でなし
シャ乱Qの新曲を待っているファンにとっては、少し寂しい状況かもしれません。でも「オレは根っからのバンドマン」と言い切るはたけさんは、場所や形を変えながら、今もステージに立ち続けています。久しぶりに「シングルベッド」を聴き返したあとは、HATAKE BANDの『転落』にも耳を傾けてみてはいかがでしょうか。きっと、あの頃とはまた違うはたけさんに出会えるはずです。