1990年代から2000年代初頭にかけて、曙さんや若貴兄弟とともに大相撲の黄金期を支えたのが、第67代横綱・武蔵丸さんです。192センチ・230キロを超える堂々たる体格から繰り出す押し相撲で、安定した強さを誇った大横綱。幕内最高優勝は通算12回を数えました。2003年に土俵を去ってからは、ニュースで姿を見る機会が減り、「武蔵丸さんって今どうしてるんだろう」と気になっている方も多いのではないでしょうか。実は今、武蔵丸さんは「武蔵川親方」として相撲部屋を率い、弟子たちの育成に情熱を注いでいます。2026年現在の武蔵丸さんの「今」を、横綱時代から振り返ってまとめました。

01武蔵丸のプロフィール

四股名
武蔵丸 光洋(むさしまる こうよう)
本名(旧名)
フィアマル・ペニタニ
生年月日
1971年5月2日(55歳)
出身地
米国・アメリカ領サモア生まれ、ハワイ州オアフ島育ち
体格
身長192cm/体重230kg超
現役時代
第67代横綱(1999〜2003)
優勝回数
幕内最高優勝12回
現在の肩書
年寄・武蔵川(武蔵川部屋師匠)

2026年で55歳。現役時代は外国出身横綱として角界をけん引し、引退後は親方として後進の指導に当たっています。曙さんに続くハワイ出身の横綱として、平成の大相撲ブームを支えた立役者の一人です。

02全盛期の活躍――安定感抜群の大横綱

ハワイから来たパワー力士

武蔵丸さんが初土俵を踏んだのは1989年(平成元年)9月場所のこと。アメリカンフットボールで鍛えた身体を生かし、力強い押し相撲で番付を駆け上がっていきました。同じハワイ出身の曙さんに続く存在として、瞬く間に角界の主役級へと成長していきます。

192センチ・230キロを超える巨体は、土俵に立つだけで圧倒的な存在感がありました。それでいて取り口はシンプルで、前に出て押し、寄り切るという基本に忠実なスタイル。派手さよりも安定感――それが武蔵丸さんの相撲の真骨頂でした。

横綱昇進と圧倒的な安定感

1994年(平成6年)には大関に昇進し、長く大関の地位で活躍。そして1999年(平成11年)、ついに第67代横綱へと昇進します。曙さんに続き、外国出身力士として2人目の横綱誕生でした。

武蔵丸さんの強さを物語るのが、幕内での連続勝ち越し記録です。1991年から1999年にかけて、なんと49場所連続で勝ち越しを続けました。これは歴代でもトップクラスの大記録。「大きく負け越さない」という安定感こそ、武蔵丸さんが長く番付上位に君臨し続けられた理由でした。爆発的な強さというよりも、いつも一定の高い水準で勝ち続ける――そんな職人のような相撲ぶりが、多くのファンに信頼されていたのです。

横綱に昇進してからも、その安定感は健在でした。けがを抱えながらも本場所を休まず、土俵に上がり続ける責任感の強さは、横綱という地位にふさわしいものでした。優勝争いに何度も絡み、節目の場所をきっちり制する勝負強さも武蔵丸さんならでは。長きにわたって角界の上位を支え続けた功労者だったと言えるでしょう。

曙・若貴とともに築いた黄金期

武蔵丸さんが活躍した1990年代は、まさに大相撲の黄金期でした。曙さん、貴乃花さん、若乃花さんといったスター力士たちがしのぎを削り、本場所は連日の超満員。相撲が国民的な関心事になっていた時代です。

その中で武蔵丸さんは、幕内最高優勝を通算12回も達成しました。曙さんとはハワイ出身の先輩・後輩でありながら、土俵では真っ向からぶつかり合うライバル。穏やかで温厚な人柄から「人格者」とも呼ばれ、強さと優しさを併せ持つ横綱として広く愛されました。

03引退と親方就任までの軌跡

安定した強さを誇った武蔵丸さんですが、晩年は左手首のけがに苦しめられました。

  • 1989年9月ハワイから来日し、初土俵を踏む。
  • 1994年大関に昇進。安定した成績で上位に定着する。
  • 1996年日本国籍を取得。
  • 1999年第67代横綱に昇進。外国出身力士として2人目の快挙。
  • 2003年11月古傷である左手首の故障が悪化し、現役を引退。幕内最高優勝12回の記録を残した。
  • 2013年2月年寄名跡「武蔵川」を襲名(15代武蔵川)。
  • 2013年4月武蔵川部屋を独立・創設し、師匠として歩み始める。

武蔵丸さんの引退の大きな要因となったのが、左手首のけがでした。これはアメリカンフットボール時代からの古傷で、現役晩年に靱帯を傷めて手術を受けたものの、思うように回復せず、2003年11月場所中に引退を決断しました。あれだけ安定した強さを誇った横綱だっただけに、けがによる引退を惜しむ声が多く上がりました。

引退後は年寄として相撲協会に残り、後進の指導に携わります。そして2013年2月、先代の停年退職にともなって由緒ある年寄名跡「武蔵川」を襲名。同年4月には、弟子と床山を連れて武蔵川部屋を独立・創設しました。横綱として角界を支えた武蔵丸さんが、今度は親方として一国一城の主となったのです。

「武蔵川」という名跡は、武蔵丸さん自身が現役時代に所属していた部屋ともゆかりの深い、重みのある名前です。その名を受け継ぎ、新たに部屋を立ち上げるというのは、相撲人として大きな決断だったことでしょう。ここから武蔵丸さんの「指導者・武蔵川親方」としての第二の人生が本格的に始まりました。

04武蔵川部屋と指導者としての武蔵丸

一から弟子を育てる部屋づくり

武蔵丸さん――いまや武蔵川親方が率いる武蔵川部屋は、東京都江戸川区にあります。この部屋の特徴は、相撲未経験の若者を多く受け入れ、基礎から丁寧に育てていく方針にあります。即戦力をそろえるのではなく、ゼロから力士を育て上げる。そこには、自身もハワイから来日して一から相撲を学んだ武蔵丸さんならではの思いがあるのでしょう。

横綱まで上り詰めた人ですから、稽古は当然厳しいものです。ただ、その指導スタイルは「感情的に怒鳴りつけることはない」と言われています。大きな体に似合わぬ穏やかな人柄で、弟子たちと向き合いながら、じっくりと力をつけさせていく。現役時代の「人格者」という評判は、親方になってからも変わっていないようです。

自身がハワイから来日し、言葉も文化も違う環境で一から相撲を覚えていった経験は、未経験の若者を育てるうえで大きな強みになっているはず。「分からないことだらけの状態から始める苦労」を肌で知っているからこそ、弟子の目線に立った指導ができるのでしょう。武蔵川部屋からこれから先、どんな力士が育っていくのか――楽しみにしているファンも多いはずです。

甥っ子たちも力士として奮闘

武蔵川部屋には、武蔵丸さんの親族も力士として在籍してきました。元弟子の武蔵國さんや光武蔵さんは、実は武蔵丸さんの甥にあたります。ハワイにルーツを持つ一族から複数の力士が角界に挑んでいるというのは、なかなか興味深い話ですね。身内であっても特別扱いはせず、厳しく、そして温かく指導する。武蔵川部屋には、武蔵丸さんを慕う人たちが集まっているのです。

自身の体験を伝える指導者

横綱として12回の優勝を経験し、けがによる引退も味わった武蔵丸さん。勝つことの厳しさも、身体を壊すことの怖さも身をもって知っている指導者だからこそ、伝えられることがあります。地方の少年相撲大会で子どもたちを激励したり、大学の相撲部を訪問して指導したりと、部屋の枠を超えて相撲の普及・発展にも力を注いでいます。相撲界全体の未来を見据えて活動しているのが、今の武蔵丸さんなのです。

052026年現在の活動

武蔵川親方として弟子育成に専念

2026年現在も、武蔵丸さんは武蔵川親方として武蔵川部屋を率い、日々弟子たちの稽古を見守っています。日本相撲協会の中でも委員などの役職を担い、運営面でも角界を支える立場にあります。横綱経験者としての知見を、現場と組織の両面で生かしているわけですね。

元横綱武蔵丸の武蔵川親方は、相撲未経験の弟子を一から育て上げる指導方針で知られ、後進の育成に力を注いでいる。 出典:各種報道

派手にメディアに出る機会こそ多くありませんが、本場所の会場や稽古場では、今も大きな存在感を放ち続けています。武蔵川部屋の公式サイトやSNSでは、弟子たちの稽古の様子や本場所での取組情報などが発信されており、部屋の「今」を知ることができます。横綱時代を知るファンにとっては、親方となった武蔵丸さんの活動を身近に感じられる、ありがたい窓口になっていますね。

腎臓移植を乗り越えて

武蔵丸さんの「今」を語るうえで欠かせないのが、健康をめぐる出来事です。2017年、武蔵丸さんは末期の腎不全と診断され、妻の雅美さんから腎臓の提供を受ける移植手術を受けました。報道によれば、当時は腎機能が大きく低下していたとされ、ファンを心配させる事態でした。

奥さんからの腎臓提供によって命をつなぎ、その後は手術を乗り越えて指導者としての活動を続けています。大病を経験しながらも前を向き、部屋の師匠として弟子たちと歩み続ける姿は、多くの相撲ファンに勇気を与えています。あれだけの巨体を誇った横綱が、健康という大きな試練に直面し、それを家族とともに乗り越えた――という事実は、相撲という競技の厳しさと、それを支える家族の存在の大きさを改めて感じさせます。なお、健康に関する詳しい内容は本人や関係者が語った報道の範囲にとどまり、ここでは確認できる事実のみをお伝えしています。

家族に支えられた日々

武蔵丸さんは2008年に結婚し、2014年には第1子となる長男が誕生しました。腎臓移植の際にドナーとなったのも妻の雅美さんで、まさに家族に支えられながら今の生活を送っています。近年はテレビ番組に息子さんと一緒に出演する場面もあり、よきパパとしての一面をのぞかせることもありました。

横綱として土俵を沸かせた頃とはまた違う、家庭人・指導者としての穏やかな表情。大きな病も家族とともに乗り越え、今は弟子という「もう一つの家族」の成長を見守る日々を送っています。

06まとめ

幕内最高優勝12回を誇り、曙さんや若貴兄弟とともに大相撲の黄金期を築いた第67代横綱・武蔵丸。2003年の引退後は武蔵川親方として相撲部屋を立ち上げ、2026年現在も後進の育成に情熱を注いでいます。

武蔵丸 2026年現在まとめ

  • 第67代横綱として幕内最高優勝12回を記録した大横綱
  • 49場所連続勝ち越しなど抜群の安定感を誇った
  • 左手首の故障の悪化により2003年に現役引退
  • 2013年に年寄「武蔵川」を襲名し、武蔵川部屋を独立・創設
  • 相撲未経験の弟子を一から育てる指導者として活動中
  • 2017年に腎臓移植を経験、妻からの提供で乗り越えた
  • 家族に支えられながら、今も角界の発展に尽力している

土俵で見せた安定感と粘り強さを、今は指導者として弟子たちに伝えている武蔵丸さん。大きな病も家族の支えで乗り越え、穏やかな人柄そのままに後進を育てる姿は、現役時代を知るファンにとって何より嬉しい「今」ではないでしょうか。これからも親方として、相撲界を支える大きな存在であり続けてほしいですね。