ラジカセから流れてきた「Missing」の、あのせつないファルセット。ドラマ『ロングバケーション』の主題歌として毎週耳にした「LA・LA・LA LOVE SONG」の軽やかなグルーヴ。80〜90年代を過ごした方なら、どちらかには必ず思い出があるのではないでしょうか。日本の歌謡曲シーンに「R&B」「ブラックミュージック」という言葉を持ち込んだのが、久保田利伸さんです。ただ、ゴールデンタイムのテレビで見かける機会が減ったぶん、「最近はどうしているの?」と気になっていた方も多いはず。実は2025〜26年はデビュー40周年で、全国ツアー、35年ぶりの紅白、ベスト盤2作と、ここ数年でもっとも忙しい時期になっていました。この記事では全盛期を振り返りつつ、2026年現在の活動を詳しく紹介します。
01久保田利伸のプロフィール
- 名前
- 久保田利伸(くぼた としのぶ)
- 生年月日
- 1962年7月24日(64歳)
- 出身地
- 静岡県
- 血液型
- O型
- 職業
- シンガーソングライター、音楽プロデューサー
- デビュー
- 1986年6月21日、シングル「失意のダウンタウン」
- 代表曲
- 「Missing」「LA・LA・LA LOVE SONG」「LOVE RAIN ~恋の雨~」ほか
- 所属
- ファンキー・ジャム(ソニーミュージック)
64歳になった今も、ステージの演出まで自分で手がける現役のミュージシャンです。
02全盛期の活躍――ブラックミュージックを歌謡界へ
作家として先に注目されたデビュー前
久保田さんは駒沢大学への進学をきっかけに上京し、在学中にファンクバンド「ホッテントット」を結成してライブハウスで腕を磨きました。1985年に音楽出版社と専属契約を結ぶと、まずは作曲家として注目されます。田原俊彦さんや中山美穂さんなどへの楽曲提供で、「すごい曲を書く新人がいる」と業界でささやかれていたそうです。歌手として表に出る前に作家としての評価が固まっていたのは、ちょっと珍しいスタートですね。
「Missing」と「the BADDEST」の衝撃
1986年6月21日、シングル「失意のダウンタウン」で歌手デビュー。同じ年のデビューアルバムに収められた「Missing」は、シングルカットされていないにもかかわらず、今では久保田さんの代表曲として誰もが知る一曲になりました。カラオケで挑戦して、あの高音に撃沈した経験がある方もいるのでは。
その後もツアーで全国区の人気を獲得し、1988年には初の海外レコーディングを経験。同年の3枚目のアルバムがミリオンセラーになります。さらに1989年に出したベストアルバム『the BADDEST』もミリオンを記録しました。ファンクやソウルのリズムを日本語の歌に自然に乗せた歌い方は当時とても新鮮で、「日本語でもこんなにグルーヴが出せるのか」と驚いた人が多かったのです。1990年には『NHK紅白歌合戦』に初めて出場しています。
「LA・LA・LA LOVE SONG」で国民的ヒットへ
全盛期の頂点といえるのが、1996年の「LA・LA・LA LOVE SONG」です。フジテレビ系の月9ドラマ『ロングバケーション』の主題歌で、スーパーモデルのナオミ・キャンベルさんがボーカルで参加したことでも話題になりました。ドラマの社会現象的な人気と重なり、ミリオンセラーの大ヒットに。R&Bを聴いたことがなかった若い世代にまでファン層が一気に広がりました。
ドラマ主題歌の常連として
2000年代に入っても、月9ドラマの主題歌となったバラード「LOVE RAIN ~恋の雨~」をはじめ、映画やドラマのタイアップが続きます。ダンスナンバーだけでなく、しっとりしたバラードの歌い手としても認知されたことで、世代を問わず愛されるアーティストになりました。
03転機――ニューヨークへの挑戦とその後
久保田さんのキャリアを語るうえで欠かせないのが、アメリカへの挑戦です。日本でトップに立ったあと、より本場に近い環境を求めてニューヨークでの活動を本格化させ、1995年8月に「Toshi Kubota」名義で全米デビューを果たしました。日本人のR&Bシンガーが現地のレーベルから作品を出すのは当時ほとんど例がなく、大きなニュースになりました。
アメリカで大きなヒットを出すまでには至りませんでしたが、現地のミュージシャンと一緒に作品を作った経験は、その後の作品やライブの質に確実に生きています。1996年の「LA・LA・LA LOVE SONG」の大ヒットは、まさにその挑戦の最中に生まれたものでした。その後は国内を中心にしながら海外アーティストとの共演も続け、25周年・30周年といった節目ごとに特別企画を打ち出してきました。テレビへの露出は全盛期より落ち着いたものの、ツアーと作品作りを止めることはなかったのです。
- 1985年音楽出版社と専属契約。作曲家として楽曲提供を始める。
- 1986年6月シングル「失意のダウンタウン」で歌手デビュー。アルバム収録の「Missing」が代表曲に。
- 1988年初の海外レコーディング。3枚目のアルバムがミリオンセラーに。
- 1989年ベストアルバム『the BADDEST』がミリオンを記録。
- 1990年『NHK紅白歌合戦』に初出場。
- 1995年8月「Toshi Kubota」名義で全米デビュー。
- 1996年「LA・LA・LA LOVE SONG」がミリオンの大ヒット。
- 2024年全国ツアー「佐藤さん、いつものでよろしいですか?」を開催。
- 2025年9月40周年ベスト『THE BADDEST IV&Timeless Hits』発売。ホールツアー「Big up!」開幕。
- 2025年10月30年ぶりのアニメタイアップとなる「1, 2, Play」「Left & Right」を配信。
- 2025年12月第76回紅白歌合戦に35年ぶり2回目の出場。
- 2026年3〜4月ベスト第2弾『THE BADDEST ~Son of R&B~』発売。アリーナツアーで全43公演を完走。
04深掘り――ジャンルの案内役として
「歌謡曲」と「ブラックミュージック」をつないだ人
久保田さんのいちばんの功績は、ブラックミュージックを「一部のマニアのもの」から「みんなが口ずさめるもの」に変えたことでしょう。英語のフレーズをそのまま持ち込むのではなく、日本語の響きでグルーヴを出す。その工夫があったからこそ、後に続く多くのR&Bシンガーが日本のヒットチャートで勝負できる土台ができました。「日本の音楽シーンにR&B、ブラックミュージックを持ち込んだ人」という評価は、今も変わりません。
作家・プロデューサーとしての顔
デビュー前から楽曲提供をしていたように、久保田さんは「歌う人」であると同時に「作る人」です。ライブでは、ステージの演出からバンドのアレンジまで本人が監修しています。2026年4月のツアーレポートでも、懐かしいヒット曲が本人の音楽ディレクションのもとで、聴きやすく、それでいて今の音に仕上げられていたと評価されていました。古い曲を「そのまま」ではなく「今の久保田利伸の音」で鳴らす姿勢は、40年たってもぶれていません。
世代を越える「変わらなさ」
2025年の紅白では、ネット上で「見た目も動きも若すぎる」といった反響が相次いだことがニュースになりました。63歳(当時)でキレのあるステップを踏みながら、あのファルセットを響かせる姿は、昔からのファンにとっては嬉しい驚きだったはずです。若いころの曲を今のキーで、今のグルーヴで歌えるのは、地道にライブを続けてきた積み重ねがあってこそでしょう。
052026年現在の活動
40周年ツアー全43公演を完走
デビュー40周年の記念ツアー「TOSHINOBU KUBOTA 40th Anniversary Tour 2025-26『Big up!』」は2025年9月13日に開幕し、全国30か所35公演のホールツアーとして2026年1月まで続きました。さらに2026年3月からは、アリーナツアー「Big up! “Supreme”」を4都市8公演で開催。3月14・15日のツインメッセ静岡を皮切りに、日本ガイシホール、国立代々木競技場第一体育館、そして4月5日の大阪城ホールでファイナルを迎えました。ホールとアリーナをあわせて全43公演です。
アリーナ公演には、プリンスやクリスティーナ・アギレラの作品にも関わってきたドラマーのクリス・コールマンさんが参加。セットリストは80年代のヒットから最新曲、海外でリリースした曲までをまとめた構成で、長年のファンからはじめて観る人まで楽しめる内容だったと報じられています。
35年ぶりの紅白とベスト盤2作
ツアーと並行して、作品のリリースも続きました。2025年9月10日には、2013年以降の曲を集めたDisc 1と、時代を越えて愛されてきた名曲を集めたDisc 2の2枚組ベスト『THE BADDEST IV&Timeless Hits』を発売。2025年10月には、アニメ『Let’s Play クエストだらけのマイライフ』のオープニング「1, 2, Play」とエンディング「Left & Right」を配信しました。アニメのタイアップは30年ぶりです。
そして2025年12月31日の第76回紅白歌合戦では、「1, 2, Play」「Missing」「LA・LA・LA LOVE SONG」のスペシャルメドレーを披露し、35年ぶり2回目の出場を果たしました。新曲から始めて名曲につなげる構成は、「懐メロ枠」ではなく「今の久保田利伸」を見せたいという意思が伝わってくるものでした。
2026年3月11日には、40周年企画の第2弾ベスト『THE BADDEST ~Son of R&B~』をリリース。シングルのカップリングでしか出ていなかった曲から最新作まで、R&B色の濃い曲を本人がじっくり選んだ内容です。ヒット曲を並べた第1弾とは違い、「自分のルーツはここにある」と示すような選曲になっています。
ラジオDJとして語るR&Bの歴史
2026年夏は、ラジオでの活動が目立ちました。FM COCOLOの特別番組『TK40_Still_Groovin’~Supreme~』では、8月5日から9月2日まで毎週水曜夜、全5回でDJを担当。クワイエット・ストーム、ニュージャックスウィング、ネオソウル、コンテンポラリーR&Bなど毎週テーマを決めて、デビューから今までのR&Bシーンの流れを自分の言葉で解説しました。続いて9月にはNHK FM『マイ・フェイバリット・アルバム』に5夜連続で登場。さらに公式サイトでは、NHK FMの『Secret Garden』への出演が11月7日に予定されていると案内されています。
自分のヒット曲をかけるだけでなく、ジャンルそのものを紹介する役を担っているのが、今の久保田さんらしいところです。
『木梨レコード』出演と映像作品の発売延期
2026年9月26日には、ABEMAの新レギュラー番組『木梨レコード』の初回にゲスト出演しました。「Breaking Through」「1, 2, Play」「LA・LA・LA LOVE SONG」を歌い、同世代の木梨憲武さんとは上田正樹さんの「悲しい色やね」をセッション。トークでは意外な音楽のルーツも明かしています。
本当はジュリーになりたかった… 出典:ABEMA『木梨レコード』番組告知(PR TIMES 2026年9月12日)
R&Bの先駆者の原点に沢田研二さんへの憧れがあった、という話には驚いた方も多いでしょう。10月には「バランタイン×AERA STYLE MAGAZINE」のコラボキャンペーンへの参加も発表されました。
一方、アリーナツアーを収めた映像作品『TOSHINOBU KUBOTA 40th Anniversary Arena Tour 2026 Big up! “Supreme” 完全版』は9月16日に発売予定でしたが、9月10日に延期が発表されました。理由は「収録内容に関する権利確認に想定以上の時間を要しているため」と説明されています。新しい発売日は決まり次第知らせるとしたうえで、遅くとも年内には発売できる見込みとのこと。楽しみにしているファンは、公式サイトやSNSの続報を待ちましょう。
06まとめ
「最近見かけない」と思われがちだった久保田利伸さんですが、実際はまったく逆でした。40周年の2025〜26年は、ツアー全43公演、紅白、ベスト盤2作、アニメ主題歌、ラジオDJ、配信番組と、キャリアのなかでも特に活動量の多い時期になっています。
久保田利伸 2026年現在まとめ
- 1962年生まれの64歳。デビュー40周年を迎えた現役のR&Bシンガー
- 2025年9月〜2026年4月、ホールとアリーナで全43公演のツアーを完走
- 2025年末の紅白に35年ぶり出場。「Missing」「LA・LA・LA LOVE SONG」などをメドレーで披露
- ベスト『THE BADDEST IV&Timeless Hits』と『THE BADDEST ~Son of R&B~』を発売
- FM COCOLO、NHK FMでDJを務め、R&Bの歴史を自ら解説
- ABEMA『木梨レコード』に出演し、木梨憲武さんとセッション
- アリーナツアーの映像作品は発売延期中。年内発売の見込み
40年前に「Missing」を聴いて胸がしめつけられた人も、紅白ではじめて久保田さんを知った若い世代も、同じグルーヴで楽しめる。それは、流行を追いかけるのではなく、好きな音楽を誠実に続けてきた人だからこそできることです。映像作品の発売が決まったら、ぜひあのステージを家で体感してみてください。