激しい突き押しで相手を一気に土俵の外へ押し出す——平成の大相撲を語るうえで欠かせない人気者だったのが、元大関・千代大海さんです。明るくやんちゃなキャラクターと、見ていて気持ちのいい豪快な取り口で、お茶の間の人気をさらいました。2010年に現役を引退してからはテレビで見かける機会も減り、「千代大海って、今は何をしているんだろう」と気になっている方も多いのではないでしょうか。実は今、千代大海さんは名門・九重部屋を率いる「九重親方」として、次世代の力士を育てる指導者の道を歩んでいます。2026年現在の千代大海さんの「今」を、全盛期の大関時代から振り返ってまとめました。

01千代大海のプロフィール

本名
須藤 龍二(すどう りゅうじ)※旧姓・廣嶋
四股名
千代大海 龍二(ちよたいかい りゅうじ)
生年月日
1976年4月29日(50歳)
出身地
大分県大分市
所属部屋
九重部屋
最高位
東大関
優勝回数
幕内最高優勝3回
現在の肩書
年寄・九重(九重部屋師匠)

2026年で50歳。土俵を去ってからは指導者として歩み続け、今や角界を支える親方の一人になりました。やんちゃだった若手時代を知るファンからすると、立派に部屋を率いる姿には感慨深いものがありますね。

02全盛期の活躍――人気大関だった時代

やんちゃな少年が角界へ

千代大海さんの経歴は、相撲界の常識からするとかなり異色です。大分市で生まれ、中学時代はいわゆる「やんちゃ」な少年として過ごしていました。格闘センスは抜群で、年齢を偽って出場した極真空手の九州大会で入賞したという逸話も残っています。

中学卒業後は鳶職に就いたものの長続きせず、道を踏み外しかけていた時期もあったといいます。そんな息子を救おうとした母親の必死の思いがきっかけとなり、千代大海さんは「千代の富士のところへ行きたい」と角界の門を叩くことになります。1992年、16歳での初土俵でした。大横綱・千代の富士が率いる九重部屋に入門したことが、その後の人生を大きく変えていきます。

スピード出世で大関へ

入門当初は決して順調とは言えなかった千代大海さんですが、持ち前の運動神経と気の強さで頭角を現していきます。十両、幕内と番付を駆け上がり、1999年1月場所では平幕の地位ながら初優勝を達成。この勢いに乗って、同年、見事に大関へと昇進しました。

突き押し一本で相手を圧倒する取り口は、見ていて爽快そのもの。立ち合いから繰り出される強烈な突っ張りは「千代大海といえばこれ」という代名詞になりました。組み合うのではなく、真っ向勝負で押し切るスタイルは、多くの相撲ファンを熱狂させました。

体格的に決して恵まれた力士ではなかった千代大海さんですが、そのぶん下半身の強さとスピード、そして勝負勘で勝ち上がっていきました。一気に攻め切る相撲は爆発力があり、当たれば横綱・大関も土俵の外へ吹き飛ばす破壊力を秘めていました。「いかにも相撲が強そう」という巨漢ではなく、技と気迫で大関にまで駆け上がったからこそ、ファンは千代大海さんに自分を重ねて応援したのかもしれません。土俵下では人懐っこい笑顔を見せる一方、土俵に上がれば目つきが変わる。そのギャップもまた、人気の理由のひとつでした。

優勝3回、記録に残る長期大関

大関としての千代大海さんは、幕内最高優勝を通算3回記録しました。1999年の初優勝のあと、2002年、2003年にも賜杯を抱いています。横綱昇進こそ惜しくも届きませんでしたが、長きにわたって大関の地位を守り続けたことは特筆に値します。

大関在位は実に65場所にのぼり、これは歴代でもトップクラスの記録です。ケガに苦しみながらも、何度もカド番(負け越せば大関陥落となる場所)を乗り越え、土俵に立ち続けた粘り強さは、まさに「不屈の大関」と呼ぶにふさわしいものでした。明るいキャラクターと豪快な相撲、そして折れない精神力。この三拍子が、千代大海さんを平成を代表する人気力士にしたのです。

横綱昇進のチャンスが何度もありながら、あと一歩のところで届かなかったのは事実です。それでも、これだけ長く大関の地位を守り続けられたのは、並大抵のことではありません。番付が下がりそうになるたびに踏ん張り、もう一度立ち上がる——その姿に、多くのファンが心を打たれました。勝っても負けても感情がストレートに表に出る取り口は、応援のしがいがあったものです。土俵際まで追い詰められても決してあきらめない千代大海さんの相撲は、ハラハラドキドキの連続で、テレビの前のファンを画面に釘付けにしました。

03引退と親方就任までの軌跡

長く角界の第一線で活躍した千代大海さんですが、その現役生活にも別れの時がやってきます。

  • 1992年16歳で九重部屋に入門し、初土俵を踏む。
  • 1999年1月平幕で初優勝。同年、大関へ昇進する。
  • 2002・2003年幕内最高優勝を重ね、通算3回の優勝を達成。
  • 2010年1月関脇の地位で3連敗を喫し、現役引退を表明。年寄「佐ノ山」を襲名する。
  • 2010〜2016年佐ノ山親方として九重部屋付きで後進の指導にあたる。
  • 2016年8月師匠・13代九重の死去を受け、14代九重を襲名し九重部屋を継承。

2010年1月場所、すでに大関から関脇に陥落していた千代大海さんは、初日から黒星が続き、自らの限界を悟ります。場所の途中で現役引退を決断し、長い土俵人生にピリオドを打ちました。その後の引退相撲・断髪式では、人気力士らしく多くの後援者やファンに見守られながら、涙が止まらなかったといいます。

引退と同時に、千代大海さんは2001年に取得していた年寄名跡「佐ノ山」を襲名。親方として九重部屋に残り、自身が育った部屋で後輩力士の指導にあたる、新たな人生をスタートさせました。土俵の上で見せた闘志を、今度は指導する側として注いでいくことになります。

04九重部屋の継承と弟子の指導

師匠の死と部屋の継承

千代大海さん、いや九重親方の指導者人生において、大きな転機となったのが2016年でした。この年の7月、千代大海さんを角界へ導いてくれた恩師であり、九重部屋の師匠でもあった13代九重(大横綱・千代の富士)が、膵臓がんのため61歳の若さで亡くなりました。

師匠の死からわずか2日後の8月2日、佐ノ山親方だった千代大海さんは14代九重を襲名し、九重部屋を継承します。突然の出来事で心の準備も十分でないなか、名門の看板を背負うことになったわけです。育ての親でもある千代の富士から受け継いだ部屋を守り、発展させていく——千代大海さんにとって、これ以上ない重い使命だったに違いありません。

「力士ファースト」の指導スタイル

部屋を継いだ千代大海さんは、自分が現役だった頃とは少し違う、新しい指導スタイルを模索しています。キーワードは「力士ファースト」。厳しさ一辺倒ではなく、力士たちが心身ともに健やかに、長く相撲を続けられる環境づくりを大切にしているといいます。

たとえば部屋には、映画やマンガ、ゲームなどを楽しめる「遊び部屋」を設けて、稽古で張り詰めた力士たちがリフレッシュできるよう工夫しているそうです。「楽しく真剣にやろう」という考え方は、昔ながらの相撲部屋のイメージとは一味違いますね。恩師・千代の富士からの教えを土台にしつつ、それを今の時代に合った形にアップデートしようとしている——そんな姿勢がうかがえます。

名門復活を目指して

九重部屋は、かつて千代の富士や北勝海といった横綱を輩出した由緒ある部屋です。その名門を再び盛り上げるべく、千代大海さんは弟子の育成に心血を注いでいます。関取衆を含む多くの力士たちが、九重親方のもとで日々汗を流しています。

自身がやんちゃな少年から大関にまで上り詰めた経験を持つだけに、回り道をしてきた若者の気持ちにも寄り添えるのが千代大海さんの強みかもしれません。一人ひとりの個性を見ながら、根気強く向き合う指導者へと成長しているのです。

現役時代の千代大海さんは、どちらかといえば自分の力で道を切り開いてきたタイプでした。その経験を弟子に押し付けるのではなく、今の若い力士に合った伝え方を考えながら指導している点に、親方としての成熟を感じます。「自分が現役の頃はこうだった」で終わらせず、時代に合わせて柔軟に向き合う姿勢は、名門を未来へつないでいくうえで大きな力になっているはずです。

052026年現在の活動

九重部屋の師匠として

2026年現在も、千代大海さんは九重親方として九重部屋を率い、弟子たちの指導に日々励んでいます。本場所では弟子の取組を見守り、巡業や稽古を通じて若手の成長を後押しする毎日です。一門のなかでも存在感のある親方として、角界の未来を担う人材を育てる重要な役割を果たしています。

恩師から受け継いだ部屋を守り、立派な力士を育て上げること。それが今の千代大海さんにとっての一番の目標であり、原動力になっているようです。本場所中はもちろん、地方場所や巡業でも全国を飛び回り、相撲の普及にも一役買っています。土俵の上で輝いていた頃とはまた違う、裏方としての地道な努力を積み重ねる日々を送っているのですね。

師弟の絆を語り継ぐ

近年の千代大海さんは、恩師・千代の富士から学んだことを次の世代へ伝える「語り部」としての一面も見せています。雑誌のインタビューなどで、入門当時のエピソードや師匠との思い出を語る機会も増えてきました。

あんちゃん座れ——大横綱・千代の富士の迫力に圧倒された出会いの瞬間を、九重親方は今も鮮明に覚えているという。 出典:Number Web

ケンカでは負け知らずだったという「大分の龍二」が、千代の富士の前ではまったく歯が立たなかった。そんな師弟の出会いの逸話は、千代大海さんが語ることで角界の貴重な記憶として残されていきます。恩師から受けた教えを胸に、今度は自分が次の世代へとバトンを渡していく——その思いがにじむエピソードですね。

力士のセカンドキャリアへの思い

指導者としての経験を重ねるなかで、千代大海さんは力士たちの「引退後」にも目を向けています。相撲を辞めたあとの人生、いわゆるセカンドキャリアをどう支えていくか——そうした構想を語ることもあり、単に強い力士を育てるだけでなく、一人の人間として弟子の将来を考える指導者へと深まっている様子がうかがえます。

自身もやんちゃな道から角界に救われ、引退後は親方として新たな人生を切り開いてきた千代大海さん。だからこそ、相撲のその先まで見据えた指導ができるのかもしれません。土俵を離れても続く人生に、温かい眼差しを向けているのです。

06まとめ

突き押し相撲で平成の角界を沸かせ、優勝3回・大関在位65場所という金字塔を打ち立てた人気大関・千代大海。2010年の引退後は親方の道へ進み、2016年には恩師の遺した名門・九重部屋を継承しました。2026年現在は、次世代の力士を育てる指導者として、新たな角界人生を歩んでいます。

千代大海 2026年現在まとめ

  • 突き押し相撲で人気を集めた平成の名大関
  • 幕内最高優勝3回、大関在位65場所はトップクラスの記録
  • 2010年に現役引退し、年寄「佐ノ山」を襲名
  • 2016年、恩師・13代九重の死去を受け14代九重を襲名し部屋を継承
  • 「力士ファースト」の方針で弟子の育成に注力
  • 恩師・千代の富士との師弟の絆をメディアで語り継いでいる
  • 力士のセカンドキャリア支援にも思いを寄せる

やんちゃな少年だった「大分の龍二」が、大関にまで上り詰め、今では名門部屋を率いる立派な親方になった——千代大海さんの歩みは、まさに人生の逆転劇そのものです。恩師から受け継いだバトンを次の世代へとつなぎながら、これからも九重部屋から強い力士を、そして立派な人間を育てていってほしいですね。