優しい笑顔と、相手を軽々と持ち上げてしまう規格外のパワー。エストニアからやってきた大男・把瑠都(ばると)さんを覚えている方も多いのではないでしょうか。190センチを超える巨体で土俵を沸かせ、大関にまで上り詰めた人気力士でした。ところが2013年に引退すると、その後の歩みはちょっと想像のつかない方向へ。母国エストニアで国会議員になったかと思えば、ホテル経営者になり、さらに2025年には格闘技に電撃復帰まで果たしています。「あの優しい巨人、今いったい何をしているの?」という方のために、把瑠都さんの2026年現在を、これまでの歩みとあわせてじっくり追いかけてみました。

01把瑠都のプロフィール

まずは把瑠都さんの基本的なプロフィールを振り返ってみましょう。

本名
カイド・ホーヴェルソン(Kaido Höövelson)
四股名
把瑠都 凱斗(ばると かいと)
生年月日
1984年11月5日(41歳)
出身地
エストニア・ラクヴェレ近郊
身長・体重
現役時 約198cm・約190kg
所属(現役時)
三保ヶ関部屋 → 尾上部屋
最高位
大関
主な活動
元大相撲力士・実業家・元エストニア国会議員・格闘家

エストニア出身としては史上初の大関であり、ヨーロッパ出身力士の中でもとびきりの存在感を放っていた人ですね。土俵の上での豪快さと、土俵を降りたときの人懐っこさのギャップが、多くのファンの心をつかんでいました。

02全盛期の活躍――エストニアの怪力が大関へ

異国からやってきた規格外の大型力士

把瑠都さんが初土俵を踏んだのは2004年(平成16年)夏場所。エストニアという、当時の相撲ファンにとってはあまりなじみのない国からやってきた青年は、なんといってもその体格が桁外れでした。198センチ近い長身に、200キロに迫ろうかという巨体。それでいて、ただ大きいだけではなく、力もスピードも兼ね備えていたのですから、土俵に上がっただけで会場の空気が変わったものです。

序ノ口から番付をぐんぐん駆け上がり、2006年(平成18年)夏場所には新入幕を果たします。土俵入りしてもひときわ目立つ大きさで、「あの外国人力士は誰だ?」と一気に注目を集めました。

相手を吊り上げる豪快な相撲

把瑠都さんの相撲といえば、なんといっても怪力を生かした豪快な取り口です。相手のまわしをつかむと、そのまま吊り上げて土俵の外へ運んでしまう「吊り出し」は、見ている側を思わず「おおっ」と言わせる迫力がありました。相手力士が宙に浮く光景は、把瑠都さんならではの名物だったといえます。

体格に頼るだけでなく、足腰の柔らかさもあり、若いころは「将来の横綱候補」とも言われていました。豪快さと愛嬌を兼ね備えた取り口は、相撲ファンだけでなく、ふだん相撲を見ない層にも届く魅力があったのです。テレビ中継で把瑠都さんの取組が映るたびに、思わず身を乗り出して応援してしまった、という方もいるのではないでしょうか。

加えて、把瑠都さんは土俵の外でも親しみやすい人柄で知られていました。インタビューでの飾らない受け答えや、はにかんだような笑顔は、強面の大型力士というイメージとはまた違った一面を見せてくれました。強さと優しさが同居しているところが、把瑠都さんが長く愛された理由のひとつだったように思います。

大関昇進、そして賜杯まであと一歩

そして2010年(平成22年)春場所後、把瑠都さんは大関に昇進します。エストニア出身としては史上初、そしてヨーロッパ出身力士としても屈指の快挙でした。母国エストニアでも大きく報じられ、遠いバルト海の国に「相撲のスター」が誕生した瞬間でもありました。

大関となった把瑠都さんは、2012年初場所で初優勝を達成。14勝1敗という堂々たる成績で賜杯を抱き、人気はピークに達します。横綱昇進への期待がいっそう高まり、ファンの誰もが「次こそは綱取りを」と胸を躍らせていた時期でした。あのころの把瑠都さんを応援していた、という方も多いはずです。

03引退とその後の歩み

栄光の一方で、把瑠都さんは慢性的なケガにも悩まされていました。膝の状態が思わしくなく、思うように相撲が取れない場面が増えていきます。大型力士ゆえに膝への負担も大きく、これは長く付き合わざるを得ない問題でした。

そして2013年(平成25年)9月、把瑠都さんは現役を引退します。まだ28歳という、力士としては決して高くない年齢での決断でした。賜杯を抱いてからわずか1年半ほどでの引退に、惜しむ声が数多く上がったのを覚えている方もいるでしょう。

引退後の把瑠都さんは、いったん日本でタレント活動などを行いつつ、やがて活動の軸を母国エストニアへと移していきます。ここからの展開が、相撲ファンの予想を大きく超えていくことになるのです。

  • 2004年エストニアから来日し、初土俵を踏む。
  • 2006年新入幕。規格外の体格で一気に注目を集める。
  • 2010年大関に昇進。エストニア出身としては史上初の快挙。
  • 2012年1月初場所で初優勝。14勝1敗で賜杯を抱く。
  • 2013年9月ケガの影響もあり、28歳で現役を引退。
  • 2016年12月格闘技イベントに参戦するも、この試合を最後に長く格闘技から離れる。
  • 2019年3月エストニアの国会議員に当選。政治家としての道を歩み始める。

04政治家から実業家へ――母国エストニアでの挑戦

国会議員としての一期

引退後の把瑠都さんの歩みで、多くの人を驚かせたのが政治の世界への進出です。2019年3月、把瑠都さんは母国エストニアの国会議員選挙に出馬し、見事当選を果たします。元力士が異国で国政の場に立つというのは、なかなか前例のない展開でした。日本経済新聞なども「元把瑠都が国会議員に」と報じ、日本でも話題になりましたね。

把瑠都さんは議員として、日本とエストニアの交流促進などにも力を注いだとされています。相撲を通じて日本と深いつながりを持つ把瑠都さんならではの役割だったといえるでしょう。長く日本で暮らし、日本語も堪能な把瑠都さんは、両国をつなぐ橋渡し役として、まさにうってつけの存在だったのではないでしょうか。

ただ、政治の道は平坦ではありませんでした。2023年3月の選挙では惜しくも議席を失い、現在は議員ではありません。それでも把瑠都さんは母国への思いを語り続けています。

実業家としての顔

議員を退いた後も、把瑠都さんは立ち止まってはいませんでした。現在の大きな軸となっているのが、エストニアでの実業家としての活動です。母国でホテル経営などのビジネスに取り組んでおり、一人の経営者としての顔を持つようになりました。

さらに把瑠都さんは、世界相撲連盟の理事も務めているとされ、相撲の国際的な普及にも関わり続けています。土俵を降りてもなお、相撲との縁を大切にしているところが、いかにも把瑠都さんらしいですね。

母国エストニアが大好きで、もっと発展してほしい。 出典:東京スポーツ(東スポWEB)2026年2月の白鵬杯来場時の報道より

このように、把瑠都さんは2027年3月のエストニア国会議員選挙への再挑戦の意向も示しています。一度議席を失ってもなお母国の発展に関わろうとする姿勢には、強い思いがにじんでいます。

052026年現在の活動

格闘技への電撃復帰

把瑠都さんの近況でもっとも大きな話題となったのが、格闘技への復帰です。2025年7月13日に大阪で開催された格闘技イベント「BreakingDown 16(ブレイキングダウン)」に、約9年ぶりとなる電撃復帰を果たしました。2016年大晦日の試合以来、長く格闘技から離れていただけに、ファンにとっては驚きのニュースでしたね。

対戦相手は赤沢幸典さん。把瑠都さんとは体重差が約81キロもあったと報じられ、巨体の把瑠都さんが圧倒的に有利と見られていました。ところが試合は、赤沢さんの左のカウンターを受けた把瑠都さんが前のめりに倒れる展開となり、判定でも0対5で赤沢さんが勝利。結果としては、把瑠都さんにとって悔しい敗戦となりました。デイリースポーツやABEMA TIMESなど複数のメディアがこの一戦を伝えています。

巨体ゆえに勝って当然と思われるなかでの黒星でしたが、41歳にして再びリングに立ったその挑戦心は、現役時代を知るファンの胸を熱くしたのではないでしょうか。結果こそ振るわなかったものの、長く第一線から離れていた人が、年齢を重ねてもなお人前で勝負を挑むというのは、簡単にできることではありません。勝敗を超えて、その姿勢そのものに引きつけられた人も多かったはずです。

白鵬杯への来場と相撲との縁

2026年2月には、元横綱・白鵬さんが主催するアマチュア相撲大会「第16回白鵬杯」に来日しています。実はこのとき、把瑠都さんの息子さんが小学生の部に出場するために来日したと報じられており、家族で相撲との縁が続いていることがうかがえます。

会場では白鵬さんとともに、相撲の国際化についても意見を交わしたとされています。エストニアという遠い国から相撲界にやってきた把瑠都さんだからこそ、相撲を世界に広げていく未来について語れることがたくさんあるのでしょう。

実業家としての歩みと多彩な顔

冒頭でも触れたように、把瑠都さんの現在の生活の中心はエストニアでの実業家としての活動です。ホテル経営に取り組みながら、世界相撲連盟の理事として相撲の普及にも関わり、ときに格闘技のリングにも上がる。さらに政治への再挑戦も視野に入れているのですから、その多彩さには驚かされます。

把瑠都さんの公式インスタグラムも開設されており、元大関としての近況がうかがえる窓口になっています。気になる方はチェックしてみるのもよいかもしれません。土俵の上で見せたあの愛嬌のある笑顔は、肩書きが変わった今も健在のようです。

06まとめ

エストニアからやってきた怪力の大関・把瑠都さん。引退後は政治家、実業家、そして格闘家と、いくつもの顔を持ちながら精力的に活動を続けています。土俵を降りてもなお挑戦をやめないその生き方は、現役時代の豪快な相撲を思い出させてくれますね。

把瑠都 2026年現在まとめ

  • エストニア出身初の大関として人気を集め、2012年初場所で初優勝を達成。
  • ケガの影響もあり、2013年に28歳で現役を引退。
  • 2019年に母国エストニアの国会議員に当選するも、2023年の選挙で議席を失う。
  • 現在はエストニアでホテル経営などに取り組む実業家。
  • 世界相撲連盟の理事として相撲の国際普及にも関与しているとされる。
  • 2025年7月、約9年ぶりにBreakingDownで格闘技に復帰(赤沢幸典に判定負け)。
  • 2026年2月には白鵬杯に来日、2027年のエストニア議員選挙への再挑戦の意向も。

国も舞台も次々と変えながら、そのつど全力で挑んでいく把瑠都さん。あの優しい巨人が、これからエストニアと相撲、そして格闘技の世界でどんな歩みを見せてくれるのか。今後の活躍からも目が離せませんね。