朝の準備をしながら見ていた『はなまるマーケット』。あの「おはようございまーす!」の明るい声を、体が覚えている人は多いはずです。もっと昔にさかのぼれば、真っ赤な衣装で「NAI・NAI 16」を歌っていたシブがき隊の”ヤックン”。アイドルから司会者へ、これほどきれいに転身した人はなかなかいません。でも長寿番組が終わってからというもの、なんとなく姿を見かける機会が減った気がして、「薬丸裕英さんって今どうしてるんだろう?」と検索した人も多いのではないでしょうか。結論から言うと、彼はいまも週の大半をテレビのスタジオで過ごしています。しかも2026年2月、ついに還暦を迎えました。この記事では、全盛期から現在までを丁寧に追いかけていきます。
01薬丸裕英のプロフィール
- 本名
- 薬丸 裕英(やくまる ひろひで)
- 生年月日
- 1966年2月19日(2026年8月時点で60歳)
- 出身地
- 東京都
- 身長・血液型
- 170cm・B型
- デビュー
- 1982年5月5日、シブがき隊「NAI・NAI 16」で歌手デビュー
- 所属事務所
- オールラウンド
- 代表番組
- 『はなまるマーケット』『出没!アド街ック天国』『よじごじDays』『なないろ日和!』
- 家族
- 妻は元アイドル歌手の石川秀美さん。1990年に結婚し、3男2女に恵まれた
こうして並べてみると、デビューから44年間ずっと第一線にいる計算になります。アイドル出身のタレントとしては、かなり珍しい持続力です。
02全盛期の活躍――シブがき隊からお茶の間の顔へ
1982年、3人組アイドルとしての鮮烈デビュー
薬丸さんの名前が全国区になったのは、1982年5月5日にリリースされたシブがき隊のデビュー曲「NAI・NAI 16」でした。本木雅弘さん、布川敏和さんとの3人組で、それぞれ「モックン」「フックン」「ヤックン」の愛称がつき、この呼び分けごとお茶の間に浸透していきます。
当時のアイドルシーンは、たのきんトリオの流れを受けた男性グループの全盛期。そのなかでシブがき隊は、キャラクターの立った3人がわちゃわちゃと絡む”元気印”のポジションを確立しました。薬丸さんは3人のなかでもツッコミ役、まとめ役として立ち回ることが多く、その資質が後年の司会業につながっていくわけです。
「100%…SOかもね!」というモンスターヒット
シブがき隊を代表する1曲といえば、やはり1982年の「100%…SOかもね!」でしょう。タイトルのフレーズを口にすれば、いまでも40代以上の人はすぐにメロディが浮かぶはずです。歌番組全盛の時代に、振り付けごと記憶されるヒット曲を持てたことは、その後の長いキャリアにおける大きな財産になりました。
グループは映画にも進出し、3人それぞれの個性を活かした作品に出演。歌・テレビ・映画と、当時のアイドルに求められる仕事をひと通り経験しています。
1988年、シブがき隊の解隊
シブがき隊は1988年11月に解隊します。「解散」ではなく「解隊」という独特の言葉を使ったことも当時話題になりました。3人はそれぞれ別の道を進み、本木さんは俳優として、布川さんは俳優・タレントとして、そして薬丸さんはバラエティと情報番組の世界へと軸足を移していきます。
アイドルグループが解散したあと、メンバー全員が別々のフィールドで長く生き残るというのは、実はかなり稀なケースです。シブがき隊はその意味でも成功例と言えるでしょう。
03解隊後の転機――司会者ヤックンの誕生
「歌う人」から「回す人」へ
解隊後の薬丸さんが選んだのは、歌手として再デビューする道ではなく、進行役・司会者としての道でした。番組の空気を読み、ゲストの話を引き出し、時間内にきれいに着地させる。派手さはないけれど確実に需要のあるスキルを、20代のうちから磨いていったわけです。
そして1995年、テレビ東京『出没!アド街ック天国』がスタート。街を特集し、ランキング形式で紹介していくこの番組に、薬丸さんは放送開始当初からレギュラーとして参加します。この番組との縁が、30年以上続くことになるとは本人も思っていなかったかもしれません。
『はなまるマーケット』18年という金字塔
決定打となったのが、1996年から始まったTBS系『はなまるマーケット』です。岡江久美子さんとの総合司会コンビで、平日朝の生活情報番組として定着。2014年3月の終了まで、実に18年近くにわたって朝の顔を務め上げました。岡江さんは2020年に亡くなられましたが、二人の掛け合いを覚えている視聴者はいまも多いはずです。
朝の情報番組の司会というのは、体力的にも精神的にもハードな仕事です。それを18年続けたという事実だけで、薬丸さんの仕事人としての誠実さが伝わってきます。
- 1982年5月シブがき隊「NAI・NAI 16」でデビュー。同年「100%…SOかもね!」が大ヒット。
- 1988年11月シブがき隊が解隊。以後は司会・タレント業へ軸足を移す。
- 1990年6月元アイドル歌手の石川秀美さんと結婚。
- 1995年4月テレビ東京『出没!アド街ック天国』放送開始。当初からレギュラー出演。
- 1996年9月TBS系『はなまるマーケット』の総合司会に就任(〜2014年3月)。
- 2014年3月『はなまるマーケット』が終了。18年近い朝の司会業に区切り。
- 2014年BSテレ東『なないろ日和!』スタート。香坂みゆきさんとMCを担当。
- 2016年6月『テレ東音楽祭』で「100%…SOかもね!」を約28年ぶりに披露し話題に。
- 2017年テレビ東京『よじごじDays』がスタート。曜日MCを担当。
- 2021年1月初孫が誕生し、"じいじ"に。
- 2022年7月鹿児島県大崎町のふるさとPR大使に就任。
- 2025年3月『出没!アド街ック天国』が放送30周年・1500回を迎える。
- 2026年2月60歳の誕生日を迎え、還暦をブログで報告。
「テレ東の人」になった第二幕
『はなまるマーケット』終了後、地上波キー局の朝の顔というポジションはいったん手放すことになります。ここで「消えた」と受け取った視聴者もいたかもしれません。でも実際に起きていたのは、活動の場がテレビ東京・BSテレ東に集約されていったという移動でした。
2014年に『なないろ日和!』、2017年に『よじごじDays』と、いずれも生活情報を扱う番組のMCを引き受け、『アド街ック天国』も継続。派手な話題にはなりにくいけれど、平日昼と週末の枠でしっかり働き続ける、というスタイルに落ち着いたわけです。
04家族と鹿児島――薬丸裕英を支えるもう一つの軸
石川秀美さんとの36年
薬丸さんを語るうえで外せないのが、妻の石川秀美さんの存在です。1980年代を代表するアイドル歌手だった石川さんは、1990年6月の結婚を機に芸能界を引退。以来、3男2女を育て上げました。
近年の石川さんはハワイを拠点にジュエリーデザイナーとして活動しており、夫婦は東京とハワイを行き来する生活を続けています。薬丸さんは自身のブログで、ハワイ滞在中の食卓や景色をたびたび公開しており、「別居」というより「二拠点」に近い形の暮らしぶりが伝わってきます。2026年6月には結婚36年目を迎えたことをブログで報告し、長く連れ添った実感をつづっていました。
5人の子どもたちと初孫
子どもたちもそれぞれの道を歩んでいます。長男の薬丸翔さんは俳優として活動し、2026年も映画や舞台に出演。長女のRemiさんはタレントとして活動しています。次男はサッカーの世界に進みました。
そして2021年1月には初孫が誕生し、薬丸さんは”じいじ”に。ブログには孫との日常がしょっちゅう登場します。2026年7月には、孫のリクエストに応えて自宅に手作りの回転寿司スペースをこしらえたという投稿が話題になりました。60歳になっても孫のためにここまでやるか、と思わず笑ってしまうエピソードです。
鹿児島県大崎町とのつながり
意外と知られていないのが、鹿児島県との縁です。薬丸さんの父方のルーツは鹿児島県大崎町周辺にあるとされ、その縁から2022年7月、同町のふるさとPR大使に就任しました。町の特産品のPRや、リサイクル率の高さで知られる「大崎リサイクルシステム」の発信などを担っています。
テレビの仕事とは別に、地域とつながる役割を持っているというのは、還暦を迎えたいまの薬丸さんらしい活動の広がり方だと感じます。
052026年現在の活動
テレビ東京の番組表に、いまも毎週名前がある
「最近テレビで見ない」という印象を持っている人は、たぶんチャンネルが違うだけです。2026年8月時点でも、薬丸さんはテレビ東京・BSテレ東の番組に週複数本ペースで出演しています。
具体的には、月曜MCを務める『よじごじDays』(テレビ東京・15時40分〜)、香坂みゆきさんとMCを担当する『なないろ日和!』(月〜木・午前)、そして土曜夜の『出没!アド街ック天国』。2026年8月の番組表を見ても、8日(土)の『アド街ック天国』門前仲町回、10日(月)の『なないろ日和!』と『よじごじDays』、11日(火)のリフォーム特番、12日・13日の『なないろ日和!』と、ほぼ毎日どこかで出演しています。
『よじごじDays』は生放送回もあり、還暦を迎えてなお平日の生番組を回しているというのは、なかなかできることではありません。
『アド街ック天国』は30周年を超えて継続中
1995年4月の放送開始から薬丸さんが関わり続けている『出没!アド街ック天国』は、2025年3月22日に放送1500回・30周年スペシャルを迎えました。30年分の名場面をベスト30形式で振り返る特別編成で、番組の歴史そのものが企画になったかたちです。
ひとつの番組に30年以上レギュラーとして関わり続けているタレントは、そう多くありません。街を歩き、地元の名物に驚き、素直に感心する。あのリアクションの安定感こそが、薬丸さんが長く求められてきた理由なのだと思います。
60歳・還暦を迎えて
2026年2月19日、薬丸さんは60歳の誕生日を迎えました。ブログでは、50代最後の夜を妻・石川秀美さんと2人でディナーを楽しんだこと、子どもたちが企画してくれた家族旅行で温泉やゴルフ、孫との時間を満喫したことなどを次々に報告。石川さんがプロデュースした還暦パーティーには、松本伊代さんや早見優さんら同世代の顔ぶれも集まったと伝えられています。
還暦を迎えて、夫婦の関係にも変化があったようです。
夫婦の会話が更に増えました 出典:ORICON NEWS 2026年3月(薬丸裕英さん本人のブログより)
同じ報道によると、薬丸さんは今後のテーマとして「良く話す夫婦」「夫婦で価値観の共有」「一緒の時間と個人の時間のバランス」を挙げているとのこと。60歳という節目に、仕事より先に夫婦のあり方を言葉にするあたりが、いかにも薬丸さんらしいところです。
なお2026年7月13日には、妻の石川秀美さんも60歳の誕生日を迎えました。孫からのプレゼントやバラをイメージしたバースデーケーキの写真がブログで公開され、夫婦そろって還暦という節目の年になっています。
毎日更新のブログが最大の発信源
現在の薬丸さんを追いかけるうえで欠かせないのが、Amebaのオフィシャルブログ「Rainbow Family」です。2026年8月に入っても1日に複数回更新されるほどの高頻度で、食事、ロケの合間の楽屋めし、旅行先の景色、孫との時間などが淡々とつづられています。
この毎日更新こそが、いま最も薬丸裕英さんの”現在地”が見える場所と言っていいでしょう。テレビでは見せない生活者としての顔が、そのまま出ています。
06まとめ
アイドルから司会者へ、朝の顔からテレ東の顔へ。薬丸裕英さんのキャリアは、劇的な転落も派手な復活もありません。あるのは、目の前の仕事を丁寧に続けてきた40年以上の積み重ねだけです。だからこそ「今何してる?」と検索されたときに、ちゃんと今日の番組表に名前がある。これは地味なようでいて、芸能界ではとんでもなく難しいことだと思います。
薬丸裕英 2026年現在まとめ
- 2026年2月19日に60歳・還暦を迎え、ブログで報告した
- テレビ東京『よじごじDays』の月曜MCを継続中(15時40分〜、生放送回あり)
- BSテレ東・テレビ東京『なないろ日和!』で香坂みゆきさんとMCを担当
- 1995年から続く『出没!アド街ック天国』は2025年3月に30周年・1500回を達成
- 妻・石川秀美さんはハワイでジュエリーデザイナーとして活動し、夫婦は二拠点の暮らし
- 2026年7月には石川秀美さんも還暦を迎え、夫婦そろって節目の年に
- Amebaオフィシャルブログ「Rainbow Family」をほぼ毎日更新している
シブがき隊の”ヤックン”を知る世代にとって、薬丸さんは青春の記憶とセットになった人です。その人が60歳になり、孫のために回転寿司をつくり、それでも平日の昼にはスタジオでマイクを持っている。華やかな全盛期のあとに、こういう穏やかで働き者の第二幕が続いているというのは、なんだか勝手にうれしくなる話ではないでしょうか。テレビ東京の番組表をのぞけば、彼はたいてい今週もどこかにいます。