「スーパーJOCKEY」の熱湯コマーシャルで弾けるような笑顔を見せていた「熱湯3姉妹」のひとり、グラビアでも90年代を代表する人気を誇った矢部美穂さん。バラエティで見ない日はないくらいテレビに出ていたあの頃を覚えている方も多いのではないでしょうか。そんな矢部さんが、いつの間にかバーのオーナーになり、競馬の馬主になり、騎手と結婚し……と、知らないうちにずいぶん多彩な人生を歩んでいます。さらに2026年にはデビュー35年目にして「初ライブ」を開催し、大きな話題に。2026年現在、矢部美穂さんは今いったい何をしているのか、全盛期から振り返りつつ徹底的にまとめました。

01矢部美穂のプロフィール

本名
山林堂 美穂(旧姓:矢部)
生年月日
1977年6月7日(49歳)
出身地
北海道恵庭市(旭川市生まれ)
血液型
A型
身長
156cm
所属事務所
オフィスコットン
主な活動
タレント・グラビア・バー経営・馬主
趣味
料理・ゴルフ・ギャンブル全般

2026年で49歳。あの弾けるような笑顔のイメージのままに、肩書きだけはどんどん増えているのがおもしろいところですね。

02全盛期の活躍――熱湯3姉妹からバラエティの常連へ

1992年「Momoco」グランプリでデビュー

矢部美穂さんが芸能界に入ったのは1992年。アイドル雑誌「Momoco(モモコ)」のオーディション「New MOMOCO CLUB」でグランプリを獲得したのがきっかけでした。当時はまさに正統派アイドル路線。北海道出身の親しみやすいルックスとキャラクターで、雑誌のグラビアを中心に少しずつ顔と名前を売っていきます。

1996年には「シャボン玉」「スリル」という2曲のシングルもリリースしており、歌手としての活動も経験しています。ちなみに、この時に出した楽曲はあっても本人名義の単独ライブはずっと行っておらず、これが後の「初ライブ」の伏線になるのですが、その話は後ほど。

「スーパーJOCKEY」熱湯3姉妹で全国区に

矢部さんの名前を一気に全国区にしたのが、日本テレビの人気バラエティ「スーパーJOCKEY」の名物コーナー「熱湯コマーシャル」です。番組の末期、矢部さんはグラビアアイドル仲間とともに「熱湯3姉妹」として登場。熱湯風呂に飛び込んでスポンサーの宣伝時間を稼ぐという、今思えばなかなか体を張ったコーナーで、お茶の間に強烈なインパクトを残しました。

水着姿で熱湯に向かっていくあの姿を覚えている方は、間違いなく90年代を通ってきた世代ですよね。矢部さんはこの体当たりのキャラクターで、グラビアアイドルとバラエティタレントの両方の顔を確立していきました。

グラビアクイーンとしての人気

90年代後半から2000年代にかけて、矢部さんはグラビア界でも確固たる地位を築きます。当初の正統派アイドル路線から一歩踏み込み、セミヌード写真集なども発表。大人の女性としての魅力で、写真集や雑誌グラビアの常連となりました。

健康的でグラマラスなボディと、どこか飾らない人柄。そのバランスのよさが、男性ファンだけでなく女性からも好感を集めた理由でしょう。「90年代グラビアの女神」の一人として今も名前が挙がるのは、当時の人気がいかに本物だったかを物語っています。

バラエティ番組のレギュラーとして

グラビアで知名度を上げた矢部さんは、その明るくサバサバした性格を生かしてバラエティ番組のコメンテーターやひな壇でも重宝されるようになります。物おじしない発言と、自分のことも笑いに変えられる度量の広さは、長く第一線で活動を続けるうえで大きな武器になりました。アイドル的な売り出しから、トークでも勝負できるタレントへ——この変化が、矢部さんを「一発屋」で終わらせなかったポイントだと言えます。

03タレントから実業家へ――歩みの軌跡

矢部さんのキャリアでもうひとつ見逃せないのが、「実業家」としての顔です。タレント業をこなしながら、自分でお店を切り盛りし、競馬の世界にも足を踏み入れていく。芸能一本ではない多角的な人生の歩みを、年表で整理してみましょう。

  • 1992年雑誌「Momoco」のオーディションでグランプリを獲得し、芸能界デビュー。
  • 1996年「シャボン玉」「スリル」のシングルをリリース。歌手活動も経験する。
  • 1990年代後半「スーパーJOCKEY」の熱湯3姉妹やグラビアで全国的な人気を獲得。
  • 2010年東京・世田谷区の池尻大橋にバー「YABEKE」をオープン。実業家としての道を歩み始める。
  • 2013年「アウト×デラックス」(フジテレビ)にレギュラー出演開始。2021年まで長く番組を支える。
  • 2019年7月地方競馬の馬主資格を取得。競馬好きが高じて馬を所有する立場に。
  • 2022年5月川崎競馬所属の騎手・山林堂信彦さんと結婚。
  • 2026年4月デビュー35年目にして初の単独ライブを開催。亡き中山美穂さんへ捧げる内容で大反響。

特に大きな転機になったのが、2010年にオープンしたバー「YABEKE」です。タレントが名前を貸すだけのお店ではなく、矢部さん自身が店に立ち、お客さんを出迎えて接客もこなすスタイル。芸能の仕事と並行して経営を続け、すでに10年以上の歴史を持つ、矢部さんのもうひとつの「ホーム」になっています。

04騎手との結婚と競馬への情熱

厩舎育ちの少女が選んだ伴侶

矢部さんを語るうえで欠かせないのが、競馬への深い愛情です。実は矢部さんの父親は元騎手で、矢部さん自身も幼い頃は厩舎で育ったという、根っからの「競馬の人」。趣味の欄に堂々と「ギャンブル全般」と書くほどで、競馬は単なる仕事の話題ではなく、人生そのものに染みついた存在なんですね。

その情熱は2019年、ついに地方競馬の馬主資格取得という形で結実します。馬を「応援する側」から「所有する側」へ。芸能人の馬主は珍しくありませんが、厩舎育ちの矢部さんにとっては特別な意味を持つ一歩だったはずです。

2022年、川崎競馬の騎手・山林堂信彦さんと結婚

そして2022年5月26日、矢部さんは川崎競馬所属の騎手・山林堂信彦さんと結婚しました。馬主と騎手という関係で出会い、その仕事への真摯な姿勢と人柄に惹かれていったといいます。結婚に際して矢部さんは、こう語っています。

父親が元騎手で幼いころは厩舎育ちの私が父親と同じ職業の方と結婚するとは運命を感じます。今後は芸能の仕事をさせていただきながら彼のサポートをしていけたらと思います。 出典:中日スポーツ 2022年5月27日

父と同じ騎手という職業の人を伴侶に選ぶ——本人が「運命を感じる」と表現したのも納得の巡り合わせですよね。

夫の応援にも全力

結婚後の矢部さんは、月に一度は必ず川崎競馬場へ足を運び、応援団と一緒に夫・山林堂騎手を応援しているそうです。2025年2月には山林堂騎手がJRA(中央競馬)に初騎乗するという出来事もあり、地方から中央への挑戦を妻として近くで見守っています。タレント、馬主、そして騎手の妻。競馬を軸に、矢部さんの世界はぐっと広がりました。

052026年現在の活動

デビュー35年目の「初ライブ」を開催

2026年、矢部美穂さんの名前を最も大きく世間に届けたのが、4月に開催されたデビュー35年目にして初めての単独ライブです。1996年にシングルを出して以来、長らく自分名義のライブをやってこなかった矢部さんが、ついにステージに立ったというだけでも大きな出来事でした。

会場は六本木のライブハウス「Claps」。チケットは7,000円ながら、162席が発売からわずか3時間で完売するという反響ぶりでした。「歌もダンスも苦手」と公言してきた矢部さんが、約10カ月かけて振り付けを覚え、本番の数カ月前からはボイストレーニングにも取り組んだといいます。苦手を克服してまでステージに立った理由は、ひとりの歌手への思いでした。

「中山美穂さんに捧げる」全曲カバーという挑戦

このライブは、ただの「初ライブ」ではありませんでした。タイトルは「矢部美穂FIRST LIVE 〜中山美穂に捧ぐ〜」。セットリストはすべて、2024年12月に54歳で亡くなった中山美穂さんの楽曲で固められていたのです。

矢部さんは小学生の頃から中山美穂さんに憧れ続けてきた大ファン。長年の願いがかなって、2024年9月に「アウト×デラックス」で初めて共演を果たしたものの、そのわずか3カ月後に中山さんは帰らぬ人となってしまいました。中山さんのお別れの会で、妹の中山忍さんが「カラオケに行ったら姉の歌を歌ってほしい。忘れないでほしい」とメッセージを寄せていたことに心を打たれ、「少しでも美穂さんの歌をつなげていきたい」という思いから、矢部さんはこのライブを決意したと伝えられています。

苦手な歌とダンスを克服して、中山美穂さんに捧げたいと思います。 出典:ENTAME next 2026年

憧れの人を失った悲しみを、苦手なことへの挑戦という形で昇華させる。中山美穂さんそっくりの衣装で登場し、全曲を歌い切った矢部さんの姿には、会場で涙する人も多かったといいます。安全圏で生きるのではなく、49歳でまったく新しいことに飛び込む——その姿勢には素直に頭が下がります。

中山美穂さんへの思いは、矢部さん自身のSNSでもたびたび綴られています。訃報に触れたときの率直な気持ちをつづった投稿からも、そのファン心の深さが伝わってきます。

バー「YABEKE」も健在、「あと5年は続けたい」

実業家としての顔も、2026年現在まったく衰えていません。2010年にオープンしたバー「YABEKE」は10年以上の節目を超え、今も矢部さんが店に立っています。2024年のインタビューでは「あと5年は続けたい」「矢部家の人間が1人は居ないとダメ」と、お店への愛着と責任感をのぞかせていました。

タレントとしてテレビに出ながら、夜はお店でお客さんと向き合う。芸能の華やかさと、地に足のついた商売の両方を行き来できるのが、今の矢部さんの強みと言えるでしょう。

テレビでも変わらず元気な姿を

レギュラーを務めていた「アウト×デラックス」は2021年に終了しましたが、矢部さんはその後も情報番組やバラエティで変わらず元気な姿を見せています。サバサバした物言いと、自分の私生活も惜しみなくネタにする飾らないキャラクターは健在。グラビア時代から積み重ねてきた「親しみやすさ」という財産が、今もしっかり生きています。

公式Instagram(@miho.yabe.0607)では、ライブの様子やお店の告知、夫との競馬場でのエピソードなど、近況をこまめに発信中。フォロワーとの距離の近さも、矢部さんらしいところですね。

06まとめ

熱湯コマーシャルで体を張り、グラビアでお茶の間を沸かせた90年代の矢部美穂さん。あの頃の印象が強い方ほど、今の「バーのオーナーで、馬主で、騎手の妻で、しかもデビュー35年目で初ライブ」という多彩すぎる現在に驚くのではないでしょうか。

矢部美穂 2026年現在まとめ

  • 1992年デビュー、「熱湯3姉妹」やグラビアで90年代に人気を博す
  • 2010年に東京・池尻大橋でバー「YABEKE」をオープン、今も自ら店に立つ
  • 2019年に地方競馬の馬主資格を取得、根っからの競馬好き
  • 2022年に川崎競馬の騎手・山林堂信彦さんと結婚、夫の応援にも全力
  • 2026年4月、デビュー35年目で初の単独ライブを開催
  • 初ライブは全曲が亡き中山美穂さんのカバー、チケットは即完売の大反響
  • テレビ出演やSNS発信も続け、変わらず親しみやすい姿を見せている

アイドルから実業家へ、そして49歳での新たな挑戦へ。矢部美穂さんは、ひとつの肩書きにとどまらず、その時その時でやりたいことに真っ直ぐ飛び込んできた人です。中山美穂さんへの思いを胸にステージに立ったあの一歩が、これからどんな活動につながっていくのか。これからの矢部さんの「今」も、ぜひ見守っていきたいですね。