ハロー!プロジェクトのアイドルグループ「℃-ute(キュート)」の初期メンバーとして、「桜チラリ」でメジャーデビューを飾った梅田えりかさん。長身を生かしたスタイルとお姉さん的な存在感で、℃-uteの人気を初期から支えたひとりでした。その後モデルへ転身し、結婚・出産を経て新潟へ——という流れを追いかけていた方も多いのではないでしょうか。そんな梅田さんが2026年7月、「実は昨年離婚していた」と公表したことが話題になりました。あの人は今どうしているのか。全盛期の活躍から現在の子育てと活動まで、梅田えりかさんの「今」をまとめました。

01梅田えりかのプロフィール

本名
梅田 えりか(うめだ えりか)
生年月日
1991年5月24日(35歳)
出身地
神奈川県横浜市
身長
170cm
主な活動
ファッションモデル・歌手・タレント
所属歴
ハロー!プロジェクト・キッズ → ZYX → ℃-ute
代表曲
「桜チラリ」「めぐる恋の季節」(℃-uteとして)

2026年で35歳。ハロプロキッズのオーディションに合格したのが小学生のときですから、芸能生活はもう20年以上になるんですね。

02全盛期の活躍――アイドルとしてのキャリア

ハロプロキッズからZYX、そして℃-uteへ

梅田えりかさんが芸能界に足を踏み入れたのは2002年。ハロー!プロジェクト・キッズのオーディションに合格したところからキャリアが始まります。当時のハロプロキッズには、のちに℃-uteやBerryz工房で活躍することになる面々が数多く集まっていて、まさにタレントの宝庫でした。

翌2003年には、松浦亜弥さんをリーダーに据えた期間限定ユニット「ZYX(ジックス)」のメンバーに選ばれ、早くも表舞台へ。まだあどけない少女たちが、本格的なアイドルソングを歌い踊る姿は、当時のハロプロファンに強い印象を残しました。

そして2005年、ハロプロキッズから選抜された新グループ「℃-ute」が誕生。梅田さんはその初期メンバーとして名を連ねます。年長メンバーのひとりとして、グループのなかでは落ち着いたお姉さん的なポジションを担っていました。

「桜チラリ」でメジャーデビュー、レコード大賞新人賞へ

℃-uteは当初インディーズで活動を重ねたのち、2007年2月に「桜チラリ」でメジャーデビューを果たします。卒業ソングのような温かいメロディと、7人のフレッシュな歌声が話題になり、グループの名前を一気に広めた一曲でした。あのイントロを聴くと今でも胸が高鳴る、という方も多いはず。

この年、℃-uteは第49回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞。デビューイヤーにいきなり大きなタイトルを手にしたことで、ハロプロの新世代を担うグループとして期待を集めました。梅田さんもその中心メンバーとして、輝かしいスタートを飾ったわけです。

紅白出場、そして℃-uteの人気を支えた存在感

2007年の大晦日には、第58回NHK紅白歌合戦への出場も果たします。デビュー1年目での紅白は、アイドルグループとしては快挙。梅田さんにとっても、℃-uteのメンバーとしてのキャリアのハイライトのひとつだったといえるでしょう。

170cmという長身を生かしたスタイルの良さは、℃-uteのステージのなかでもひときわ目を引きました。歌やダンスはもちろん、年上メンバーとしてグループをまとめる包容力もあり、初期の℃-uteに欠かせない存在だったんですね。ファンからは「ウメ」の愛称で親しまれ、その明るいキャラクターも人気でした。

03グループ卒業とモデルへの転身

そんな℃-uteの初期を支えた梅田さんですが、2009年に大きな決断を下します。グループとハロー!プロジェクトからの卒業です。

  • 2002年ハロー!プロジェクト・キッズのオーディションに合格し、芸能活動をスタート。
  • 2003年期間限定ユニット「ZYX」のメンバーに選出される。
  • 2005年ハロプロキッズから選抜され、新グループ「℃-ute」の初期メンバーに。
  • 2007年2月「桜チラリ」でメジャーデビュー。同年、日本レコード大賞最優秀新人賞を受賞し、NHK紅白歌合戦にも出場。
  • 2009年秋全国ツアーの終幕をもって℃-uteおよびハロー!プロジェクトを卒業。ファッションモデルへの転身を表明。
  • 2010年5月ランウェイイベント「GirlsAward」に出演し、モデルとして本格デビュー。
  • 2013〜2014年音楽活動を再開。2014年2月にファーストソロアルバム「erika」を発売。

「モデルになりたい」という夢を選んだ卒業

℃-uteからの卒業は、本人からの申し出によるものでした。理由は、かねてから抱いていた「ファッションモデルになりたい」という夢を追いかけるため。アイドルとして順調に活動していた最中の決断だっただけに、当時のファンにとっては驚きと寂しさの入り混じるニュースでした。

2009年夏から秋にかけて行われた全国ツアー「℃-uteコンサートツアー 2009夏秋 〜キューティーJUMP!〜」の千秋楽をもって、梅田さんは℃-uteを卒業。ステージ上での涙のお別れは、多くのファンの記憶に残っています。自分のやりたいことのために新しい道を選ぶ——その決断力は、今振り返ってもかっこいいものがありますね。

ランウェイモデルとして新たなキャリア

卒業後の梅田さんは、宣言どおりモデルの道を歩み始めます。2010年5月には大型ランウェイイベント「GirlsAward」に出演してモデルデビュー。170cmの長身とすらりとしたスタイルは、まさにモデル向き。ファッション誌でも「NEXTブレイクモデル」として紹介されるなど、着実にキャリアを積んでいきました。

さらに2013年からは、東京ガールズコレクションの出演モデルらによるランニングチーム「TOKYO GIRLS RUN」の第2期メンバーとしても活動。走ることを通じた新たな一面も見せてくれました。

歌手・梅田えりかとしての再スタート

モデルとして活動する一方で、梅田さんは音楽への思いも持ち続けていました。2013年10月に公式ブログで音楽活動の再開を発表し、℃-uteのメンバーとしてではなく、ソロアーティスト「梅田えりか」として歩み出します。

そして2014年2月には、ファーストソロアルバム「erika」をリリース。アイドル時代とはひと味違う、大人の女性としての表現に挑戦しました。モデルと歌手、二つの表現の場を持ちながら、自分らしいスタイルを模索していった時期だったといえるでしょう。

04結婚・新潟移住、そして2児の母へ

2021年に結婚、新しい生活のスタート

芸能活動を続けてきた梅田さんの人生に大きな転機が訪れたのは2021年でした。同年8月、実業家でラジオパーソナリティーとしても活動する後藤寛勝さんとの結婚、そして第1子の妊娠を公表します。ファンからは温かい祝福の声が数多く寄せられました。

結婚を機に、梅田さんの生活の拠点は新潟へ。都会の第一線で活躍してきた彼女が、地方でパートナーと新しい暮らしを築くという選択は、多くの人に新鮮に映りました。

2人の男の子のママに

結婚後の梅田さんは、母としての日々を歩んでいきます。2021年12月に第1子となる男の子を、2023年には第2子となる男の子を出産。二児の母として、子育てを軸にした生活へと重心を移していきました。

SNSでも、日々の暮らしや子どもたちとの時間を穏やかに発信。アイドル・モデルとして輝いていた頃とはまた違う、ひとりの母親としての表情が、フォロワーの共感を呼んでいました。かつての℃-uteファンにとっても、「ウメがお母さんになったんだなあ」と感慨深く見守れる存在だったのではないでしょうか。

052026年現在の活動

2026年7月、離婚を公表

そんな梅田さんが2026年7月2日、自身のインスタグラムで大切な報告を行いました。夫だった後藤寛勝さんと、すでに離婚していたことの公表です。

発表によれば、二人が夫婦という関係性を終えたのは2025年3月のこと。約1年半の時間をかけて、子どもたちのための新しい関係を築いたうえでの報告でした。突然の発表に驚いた方もいたかもしれませんが、そこには家族としての前向きな選択がありました。

【ご報告】私たちは2025年3月に夫婦という関係性を終えました。この1年半、私たちの大切な2人の子どものために、新しいパートナーシップの形を築いてきました。 出典:ENCOUNT/スポーツ報知 2026年7月2日

結婚や子どもの誕生の際に多くの祝福を受けたからこそ、きちんと自分たちの言葉で報告したい——梅田さんはそんな思いを綴っています。ネガティブな別れとしてではなく、あくまで前を向いた「新しい形」としての公表だったところに、彼女らしい誠実さがにじんでいました。

「協力しながら子育てを」——新しいパートナーシップの形

離婚後の二人は、それぞれ新潟と東京で暮らしています。子どもたちは母である梅田さんとともに東京を拠点に生活しており、後藤さんは新潟から新潟と東京を行き来しながら、父として子育てに関わり続けているとのこと。

「現在も母・父として協力しながら子育てを続けています」という言葉どおり、離れて暮らしながらも、子どもを真ん中に置いた協力関係を大切にしている様子がうかがえます。離婚という言葉のイメージにとらわれず、それぞれのやり方で家族であり続ける——梅田さんが選んだのは、そんな新しい家族のかたちでした。

これからも、それぞれが母として、父として、精一杯精進して参ります。 出典:ENCOUNT 2026年7月2日

東京を拠点に、母としての日々

現在の梅田さんは、東京を拠点に2人の子どもたちを育てながら日々を過ごしています。かつてステージやランウェイで注目を集めた華やかな時代を経て、今は子育てを生活の中心に据えた、地に足のついた暮らしを送っている様子です。

インスタグラム(@umeeri524)では、近況を穏やかに発信中。℃-uteの初期メンバーとしてキラキラしていた頃を知るファンからすると、こうして自分の人生を自分の言葉で語り、前を向いて歩む姿は、とても頼もしく映るのではないでしょうか。

かつての仲間・℃-ute勢は今

ちなみに、梅田さんが在籍していた℃-uteは2017年に惜しまれつつ解散しました。当時のメンバーはそれぞれ別々の道を歩んでおり、タレント活動を続ける人、家庭を持った人などさまざまです。梅田さんのように、アイドルという枠を飛び出して、その後の人生を自分らしく切り拓いていく——ハロプロキッズ世代の「その後」を追いかけるのも、なかなか味わい深いものがありますね。

06まとめ

「桜チラリ」でデビューした℃-uteの初期メンバー、モデルへの転身、そして結婚・出産と、時々のステージで新しい自分を見せてきた梅田えりかさん。2026年7月に公表された離婚も、彼女にとっては後ろ向きな出来事ではなく、家族の未来を見据えた前向きな一歩でした。

梅田えりか 2026年現在まとめ

  • ℃-uteの初期メンバーとして「桜チラリ」でデビュー、レコード大賞新人賞・紅白も経験
  • 2009年に「モデルになりたい」という夢のため℃-ute・ハロプロを卒業
  • その後ファッションモデル・歌手として活動し、ソロアルバム「erika」も発売
  • 2021年に実業家でラジオパーソナリティーの後藤寛勝さんと結婚、新潟へ移住
  • 2児の母となり、子育てを中心とした生活へ
  • 2026年7月、2025年3月に離婚していたことをインスタグラムで公表
  • 現在は東京を拠点に、元夫と協力しながら「新しいパートナーシップの形」で子育て中

アイドル、モデル、歌手、そして母。梅田えりかさんは、その時々で自分の意志で道を選び、しっかりと歩んできた人だと感じます。ステージの上で見せてくれた笑顔と同じように、これからの人生も自分らしく輝かせていってほしいですね。その歩みを、これからも応援していきたいと思います。