「せりなでぇす」――あの甘くて高い、ちょっと舌足らずな独特のボイス。2010年前後にバラエティ番組をつければ、必ずと言っていいほどそこにいた元SDN48の芹那さん。「あざといキャラ」の元祖として賛否両方を浴びながら、年間370本以上ものテレビ番組に出続けた時期がありました。それがいつしかテレビでの露出が減り、「あの人、今どうしてるんだろう?」と思っていた方も多いのではないでしょうか。ところが2026年、41歳になった芹那さんのInstagram写真がX上で爆発的に拡散し、再び大きな注目を集めています。しかも本業は、なんとアイドルプロデューサー。芹那さんの「今」を、全盛期から丁寧に振り返りながらまとめました。
01芹那のプロフィール
- 名前
- 芹那(せりな)
- 生年月日
- 1985年5月19日(41歳)
- 出身地
- 北海道士別市
- 血液型
- A型
- 学歴
- 函館白百合学園高等学校 → 白百合女子大学文学部児童文化学科卒業
- 主な活動
- タレント・グラビア・アイドルプロデューサー
- 所属グループ
- SDN48(2009年8月〜2012年3月)
- 代表番組
- 「PON!」(日本テレビ)火曜レギュラー
北海道士別市出身で、白百合女子大学の児童文化学科卒業という、あのキャラクターからは少し意外な経歴の持ち主です。
02全盛期の活躍――SDN48からバラエティの常連へ
「セイコレ☆ジャパン」からSDN48へ
芹那さんが芸能界の入り口に立ったのは2008年。『週刊ヤングジャンプ』の企画「セイコレ☆ジャパン」にノミネートされたことがきっかけでした。そして2009年8月1日、秋元康さんプロデュースによる「大人のAKB48」ことSDN48の一期生としてデビューを果たします。
SDN48は、AKB48の姉妹グループでありながら「大人の色気」をコンセプトに掲げた、20歳以上限定のグループ。夜のAKB48劇場公演を担当するという独特のポジションで、当時のアイドルシーンの中でもかなり異色の存在でした。芹那さんはここで、24歳にしてアイドルとしてのキャリアをスタートさせることになります。
始発から終電までのダンス練習でセンターを掴む
意外に思われるかもしれませんが、芹那さんは加入時、ダンスも歌も未経験でした。当然ながら最初はフォーメーションの端に置かれるポジション。そこから這い上がるために、芹那さんが選んだのは徹底的な自主練習でした。
後年のインタビューで、芹那さんは当時を「毎日、始発から終電まで一人でダンスの練習」を重ねたと振り返っています。その結果、3枚目のシングルでついにセンターポジションを獲得。可愛らしいキャラクターの裏側に、こういう泥臭い努力の時期があったというのは、あまり知られていない話かもしれません。
なお芹那さんは、SDN48が発表した全シングルの表題曲に選抜メンバーとして参加しています。グループの顔のひとりであり続けたわけです。
「独特ボイス」でバラエティを席巻
芹那さん最大の武器は、なんといってもあの声でした。甘くて高い、聞いた瞬間に「芹那だ」と分かるハイトーンボイス。そこに天然とも計算とも取れる独特のキャラクターが乗ることで、バラエティ番組の制作陣にとってこれ以上ないほど使いやすい存在になりました。
2012年3月31日、NHKホールで行われた『SDN48 コンサート「NEXT ENCORE」』をもってグループを卒業。すると、そこから舞い込むオファーはバラエティ番組ばかりになります。そしてその年、芹那さんの年間テレビ出演本数は実に370本以上に達しました。単純計算で、ほぼ毎日どこかの番組に出ていたことになります。
2012年4月からは日本テレビの情報番組「PON!」で火曜レギュラーのコメンテーターに就任し、2015年3月まで3年間務めました。お昼の生放送に毎週出る、というのは当時のタレントとしてひとつの到達点。SDN48卒業後わずか1か月で掴んだポジションでした。
「元祖あざといキャラ」という功罪
一方で、芹那さんには常に「あざとい」という評価がついて回りました。今でこそ「あざとかわいい」は褒め言葉に近いポジションを得ていますが、2010年代前半の空気の中では、それは必ずしも好意的な言葉ではありませんでした。バッシングを受けることも少なくなかったといいます。
ただ芹那さん本人は、後のインタビューで「ずっと素のままでいた」と語っています。作っていたわけではなく、あれが地だった――という主張。あの声もキャラクターも本物だったからこそ、あれだけ長い期間ブレずに続けられたのかもしれませんね。
03テレビから距離を置くまでの歩み
年間370本という出演本数は、外から見れば紛れもない成功です。ところが芹那さん自身の実感は、少し違うところにありました。
- 2008年『週刊ヤングジャンプ』の「セイコレ☆ジャパン」にノミネートされ、芸能界へ。
- 2009年8月SDN48の一期生として活動開始。ダンス・歌ともに未経験からのスタートだった。
- 2012年3月NHKホールでの『NEXT ENCORE』公演をもってSDN48を卒業。
- 2012年4月日本テレビ「PON!」の火曜レギュラーに就任(2015年3月まで)。同年の年間テレビ出演本数は370本超。
- 2020年5月YouTubeチャンネル「芹那だよぉ」を開設。趣味のゴルフを中心に発信を始める。
- 2021年10月9年ぶりとなる2nd写真集『Serina.』を発売。オリコン週間BOOKランキング写真集部門で9位を記録。
- 2022年8月SDN48が一夜限りの再結成公演を開催。芹那さんもステージに立つ。
- 2024年8月約15年間在籍した事務所A-PLUSからの独立を発表。個人事務所での活動を開始。
- 2024年11月『週刊ヤングマガジン』で約12年ぶりのグラビアに登場。同月、アイドルプロデュース業をスタート。
「バラエティーは合ってなかった」という本音
2024年9月、ENCOUNTのインタビューで芹那さんが明かした言葉が、当時の状況を端的に物語っています。年間370本という数字について問われた芹那さんは、あの頃は忙しすぎていつどんな番組に出ていたのか何も覚えていない、と振り返り、自分ではバラエティーが合っているとは思わなかったと語りました。さらに「番組で本音をしゃべったこともありませんでした」とも。
需要に全力で応え続けた結果、自分の輪郭が見えなくなっていく。芸能界ではよく聞く話ですが、当事者の言葉として聞くとやはり重みがあります。テレビでの露出が徐々に減っていったことについても、芹那さんは「芸能活動には心残りはないです」と言い切っています。無理に元の場所へ戻ろうとするのではなく、自分のペースで動ける場所を選び直した――という表現のほうが実態に近いのでしょう。
15年在籍した事務所からの独立
そして2024年8月21日、芹那さんは約15年間所属したA-PLUSからの独立を発表しました。40歳を目前にしての独立。個人事務所での再スタートです。
このタイミングから、芹那さんの動き方は明らかに変わっていきます。YouTubeやTikTokでの発信を自分の手綱で回しながら、衣料品ブランドのデザイナーという芸能界の外側の仕事も手掛けるようになり、そして――アイドルをプロデュースする側に回るという、誰も予想していなかった一手を打つことになります。
04アイドルプロデューサーへの転身
「踊れ!神風」の誕生
2024年11月、芹那さんは自身のInstagramで新アイドルグループ「踊れ!神風(オドカミ)」のプロデュースを開始することを発表しました。かつてSDN48のメンバーとしてステージに立っていた人が、今度は送り出す側に回る。しかも自分のグループを、ゼロから。
「踊れ!神風」は2024年12月21日、東京・新宿のALTA KeyStudioでデビューライブを開催。扇子や太鼓といった小道具を使った参加型のライブパフォーマンスと、熱量の高いポップな楽曲を武器とするグループです。ファンは「踊れ!神風隊」と呼ばれています。
活動は堅実に積み上がっていて、デジタルシングルは17曲以上を配信。2025年4月には初のCDシングル「カチドキ!えいえい応援歌」をリリースしました。メンバーの卒業と加入を経ながら、2026年時点では7人体制で活動を続けています。
1周年、そして写真集とのシンクロ
2025年12月21日には、下北沢シャングリラで「踊れ!神風 1st ANNIVERSARY ONE MAN LIVE『激進の写実主義 -リアリズム-』」を開催。この公演タイトル、実は芹那さん自身が同じ時期に発表したデジタル写真集『写実主義 -リアリズム-』と対になっています。
プロデューサーとしての仕事と、自分自身のグラビアの仕事を、あえて同じ言葉で束ねてみせる。「裏方に回った」のではなく「両方やる」という宣言のようで、なかなか面白い見せ方だなと思います。
プロデュース第2弾「TERIOS」始動
そして2026年6月8日、芹那さんはプロデュース第2弾となる新アイドルグループ「TERIOS(テリオス)」の始動を発表しました。
グループ名の「TERIOS」はギリシャ語で「願いが叶う」「完璧」といった意味を持つ言葉に由来し、コンセプトは「沸き×オーケストラ」。「私たちの奏る音楽でみんなを笑顔で元気に」をテーマに掲げています。第1弾の「踊れ!神風」が持つ熱量とライブパフォーマンスを継承しつつ、よりスタイリッシュな世界観を打ち出す方向性とのこと。
発表にあたって、芹那さんはプロデューサーとしての思いをこう語っています。
オーケストラのように、それぞれ違う楽器の音が重なり合ってひとつのメロディーになるように、支え合い、守り合い、愛し合いながら夢を追いかけるグループにしたい。 出典:株式会社UK プレスリリース(PR TIMES)2026年6月8日
自分が始発から終電まで一人で練習していた過去を持つ人の言葉として読むと、「支え合い」という部分にちょっと重みを感じますね。
052026年現在の活動
41歳の自撮りがXで拡散、大きな話題に
2026年、芹那さんの名前が久々に全国区で飛び交う出来事が起きました。2026年5月に公式Instagramへ投稿した自撮り写真が、6月に入ってからX(旧Twitter)でシェアされ、爆発的に拡散したのです。投稿自体は、ウイスキーと鶏料理を楽しみながらプロデュースするアイドルグループの1.5周年記念公演を告知するという、ごく日常的な内容でした。
ところがそこに写っていた41歳の芹那さんの姿に、SNSが反応します。「見た目20代半ば」「異次元」「成熟した色気が強烈」といったコメントが並び、複数のメディアが記事化する事態に。2026年6月21日配信のLASISAは、この現象を「元SDN48アイドル(41)がいま、SNSで再脚光」と報じ、翌22日にはねとらぼも「40過ぎて全盛期」と題した記事を配信しています。
近影が半端なく可愛くて無双モードだわ。大人の色気凄すぎる 出典:ねとらぼ 2026年6月22日(SNSでの反響として紹介されたコメント)
本人としては普通に告知をしただけなのに、勝手にバズって記事になる。全盛期のテレビでの露出とはまったく違う形での再注目のされ方で、時代の変化を感じさせます。
グラビアという「一番のびのびできる場所」
芹那さんは2024年11月、『週刊ヤングマガジン』で約12年ぶりのグラビアに登場し、大きな反響を呼びました。そして2025年12月19日発売の『FRIDAY』2026年1月2・9・16日合併号では独占撮り下ろしグラビアが掲載され、同時にデジタル写真集『写実主義 -リアリズム-』vol.1〜3(撮影・青山裕企さん)が発売されています。さらに2026年2月20・27日合併号では『FRIDAY』の表紙も飾りました。
40代に入ってからのグラビア復帰について、芹那さんはFRIDAYデジタルのインタビューでこう語っています。
グラビア界には、撮影を楽しくしてくださる方がたくさんいて、自由にのびのびと自分の表現を受け入れてくれる場所 出典:FRIDAYデジタル 2025年12月30日
同じインタビューでは、自身のチャームポイントを聞かれて「私、“脳みそ”がチャームポイントだなって思ってるんです(笑)」と答えるひと幕も。あの独特のボイスとキャラクターは健在です。「番組で本音をしゃべったこともなかった」と語っていた頃とは、明らかに別の表情ですね。
TERIOSデビューライブが本日開催
そして2026年7月18日、まさに今日。プロデュース第2弾グループ「TERIOS」のデビューLIVE『OVER TURE』が、東京・Zirco Tokyoで開催されます。芹那さんのX(@serina_serinko)のアカウント名にも「【TERIOS】Début LIVE 7/18」と告知が掲げられており、この日にかける力の入れようが伝わってきます。
かつて自分がSDN48の一期生としてデビューステージに立ったのが2009年。それから17年後、今度は自分が育てたグループのデビューステージを送り出す側に立つ。感慨深いものがありますね。
YouTube・SNSでの発信も継続中
芹那さんは2020年5月に開設したYouTubeチャンネル「芹那だよぉ」でも発信を続けています。当初は趣味のゴルフを中心とした内容でスタートし、その後リニューアルを経て、ファッションやメイク、ファン参加型の企画など幅広い内容を扱うようになりました。
Instagram(@serinaofficial)は約9万9千人、X(@serina_serinko)は約17万9千人のフォロワーを抱えており、テレビ以外の場所でも十分に届く発信力を保っています。TikTokでの配信も行っており、事務所を離れた後の芹那さんは、自分で回せるチャンネルを複数持つスタイルに完全に移行したと言えるでしょう。
06まとめ
「せりなでぇす」の甘い声で茶の間を賑わせていた頃の芹那さんと、2026年の芹那さんは、やっていることがかなり違います。でも本人の言葉を追いかけていくと、これは転落でも撤退でもなく、単純に「自分に合う場所を選び直した」結果なのだということがよく分かります。
芹那 2026年現在まとめ
- 2024年8月に約15年所属したA-PLUSから独立し、個人事務所で活動中
- 2024年11月からアイドルプロデューサーに転身、「踊れ!神風」を立ち上げ
- 2026年6月にプロデュース第2弾グループ「TERIOS」の始動を発表、7月18日にデビューライブ
- 2024年11月の『ヤングマガジン』を皮切りにグラビア活動を本格再開、『FRIDAY』の表紙も飾る
- 2025年12月にデジタル写真集『写実主義 -リアリズム-』を発売
- 2026年5月投稿のInstagram自撮りが6月にXで拡散し、41歳の美貌が再び話題に
- YouTube「芹那だよぉ」やInstagram・Xでの発信を継続中
年間370本のテレビ出演をこなしながら「本音をしゃべったことがない」と振り返った人が、40代に入って「一番のびのびできる場所」を見つけ、さらに次の世代を送り出す側にまで回った。バズった自撮りの一枚も素敵ですが、芹那さんの今の面白さはむしろその選択の仕方にある気がします。プロデューサー芹那としての第2章が、これからどう転がっていくのか。楽しみに見守りたいですね。