2007年の春、モーニング娘。に中国出身のメンバーが2人同時に加入したというニュースは、当時のハロプロファンにとって本当に衝撃でした。そのうちの1人が、エメラルドグリーンをイメージカラーに、ハスキーな歌声とよく通る笑い声で愛されたリンリンさんです。カタコトの日本語で一生懸命しゃべる姿から、いつの間にか堂々とトークを回すまでに成長した3年半。そして2010年12月、横浜アリーナのステージを最後に彼女は日本を離れました。あれから15年以上。「リンリンって今どうしてるんだろう?」と検索してくれた方のために、加入から卒業、中国帰国後のプロデューサー転身、そして2026年現在わかっていることまで、確認できた事実だけを丁寧に追いかけていきます。
01リンリンのプロフィール
- 名前
- リンリン(琳琳)
- 本名
- 銭琳(チエン・リン/Qian Lin)
- 生年月日
- 1991年3月11日(2026年7月時点で35歳)
- 出身地
- 中国・浙江省杭州市
- 身長
- 153cm
- 血液型
- B型
- イメージカラー
- エメラルドグリーン
- 主な経歴
- モーニング娘。8期(留学生)/新ミニモニ。リーダー/音楽プロデューサー
こうして並べてみると、8歳で日本に憧れたわけでもない中国・杭州の女の子が、16歳で国民的アイドルグループの一員になったという経歴の異常さが、あらためて際立ちますよね。
02全盛期の活躍――ハロプロを彩った歌声
「留学生メンバー」という前代未聞のポジション
リンリンさんがモーニング娘。に加入したのは2007年3月15日のこと。同じく中国出身のジュンジュンさんとの2人同時加入で、しかも肩書きは「8期留学生メンバー」という前例のないものでした。2人はいきなり抜擢されたわけではなく、「ハロー!プロジェクト2007 Winter」でバックダンサーとしてステージに立ち、そのパフォーマンスがつんく♂さんに評価されての加入だったと伝えられています。日本語がまだおぼつかない状態でのスタートでしたから、当時のファンの間でも「どうなるんだろう」という不安と期待が入り混じっていたのを覚えている方は多いはずです。
ハスキーボイスと歌唱力で存在感を確立
そんな心配をあっという間に吹き飛ばしたのが、彼女の歌声でした。中国では小学2年生の頃から音楽を含む芸能活動をしていたという下地があり、加入直後からステージ上での安定感は群を抜いていました。少しかすれた独特のハスキーボイスは、モーニング娘。のコーラスの中でもすぐそれとわかる個性で、リードを任される場面も増えていきます。2009年7月に発売されたカバーアルバムではソロ曲を担当し、歌い手としての実力が公式に認められた形になりました。
新ミニモニ。のリーダーに就任
2009年6月には、リニューアルした「新ミニモニ。」のリーダーに就任します。加入からわずか2年ちょっと、しかも母語ではない日本語でグループを引っ張る立場に立ったわけで、これは相当なプレッシャーだったはずです。当時のバラエティ番組「ハロモニ@」や「よろセン!」などでは、持ち前の明るさと冗談好きな性格で場を回し、ジュンジュンさんとの通訳役までこなしていました。日本のアニメ・漫画好きとしても知られ、『ワンピース』への愛を語る姿はファンの間でも語り草です。
声優挑戦と上海万博ユニット
活動の幅も広がりました。2009年12月公開のアニメ映画『よなよなペンギン』では、田中れいなさんとともに双子のフェアリー役で声優に挑戦。2010年には上海万博に向けたスペシャルユニット「Ex-ceed!」のメンバーにも選ばれ、日中をつなぐ役割を担っています。中でも大きかったのが、名曲「雨の降らない星では愛せないだろう?」の中国語版でしょう。母国語で歌われるモーニング娘。の楽曲という、それまでになかった財産をグループに残したのは、間違いなくこの2人の存在があったからです。
03卒業と中国帰国――その後の歩み
2010年8月、リンリンさんはジュンジュンさん、そして亀井絵里さんとともに卒業を発表します。そして同年12月15日、横浜アリーナで行われた「ライバル サバイバル」ツアーの千秋楽をもって、モーニング娘。とハロー!プロジェクトを卒業しました。人気絶頂での旅立ちだったこともあり、当時のファンの喪失感はかなりのものでした。
卒業後の彼女は日本での芸能活動を続ける道を選ばず、故郷である中国へ戻ります。そこからは、日本のファンから見ると少しずつ情報が届きにくくなっていくのですが、活動そのものは止まっていませんでした。地元・杭州のテレビ番組にコメンテーターやリポーターとして出演し、2012年には音楽レーベルと契約。歌い手としてだけでなく、作る側へと少しずつ軸足を移していきます。
- 2007年3月モーニング娘。8期留学生メンバーとして加入。ジュンジュンさんとの2人同時加入だった。
- 2009年6月新ミニモニ。のリーダーに就任。同年12月には映画『よなよなペンギン』で声優にも挑戦。
- 2010年8月亀井絵里さん、ジュンジュンさんとともに卒業を発表。9期オーディション開催も同時に告知された。
- 2010年12月15日横浜アリーナでの公演をもってモーニング娘。とハロー!プロジェクトを卒業。
- 2011年中国へ帰国し、杭州のテレビ番組にコメンテーター・リポーターとして出演。
- 2012年8月中国の音楽レーベル「海蝶音楽」と契約。制作サイドへの関わりを深めていく。
- 2014年11月アイドルグループ「Idol School」を立ち上げ、作詞・作曲・プロデュースを担当。同月に結婚したことも後に公表された。
- 2016年1月20日上海でIdol SchoolのCDデビュー記者会見を開催。プロデューサーとして表舞台に立つ。
- 2016年6月日本テレビ「人生が変わる1分間の深イイ話」で密着取材が放送され、日本のファンにも近況が伝わる。
- 2025年9月27日モーニング娘。'25が上海公演を開催。同期のジュンジュンさんが来場し、現役メンバーと再会したことが話題に。
なお、結婚については2016年に本人が明かしたもので、オリコンやMusicVoiceなどの媒体でも「私本当に幸せです」というコメントとともに報じられました。家庭の詳細については本人が積極的に発信していないため、ここでは踏み込まずにおきます。
04プロデューサーとしての第二章
リンリンさんのその後を語るうえで外せないのが、2014年11月に立ち上げたアイドルグループ「Idol School」の存在です。単に名前を貸すタイプのプロデュースではなく、彼女自身が作詞・作曲を手がけ、出資も含めて深く関わったという点で、かなり本気度の高いプロジェクトでした。2016年1月には上海でCDデビューの記者会見が開かれ、中国メディアでも大きく取り上げられています。
面白いのは、その制作陣に日本のクリエイターが集結していたことです。報道によれば、亀田誠治さんや前山田健一さんといった日本のトップクラスの音楽家の名前が並んでいました。日本でアイドルとして育った経験を、そのまま中国のアイドル文化に移植しようとしたわけで、これはモーニング娘。を経験した彼女にしかできない仕事だったと言えます。当時の中国では大型アイドルグループが台頭し始めた時期で、Idol Schoolもその流れの中で注目を集めました。
つまりリンリンさんは、卒業後に芸能界を「引退」したのではなく、ステージの上から裏側へ回ったということなんですね。歌う人からつくる人へ。日本のファンから見ると露出が減ったぶん「消えた」ように見えてしまいますが、実際にはキャリアの第二章がしっかり続いていた、というのが正確なところです。
052026年現在の活動
中国を拠点にした制作・プロデュース業
2026年7月現在、リンリンさんは中国を拠点に、音楽プロデューサー・クリエイターとして活動を続けているとされています。中国語版のプロフィール資料でも肩書きは「音楽製作人(プロデューサー)」で統一されており、卒業後に選んだ道をそのまま歩み続けている形です。ただし、日本の芸能事務所に所属して活動しているわけではないため、日本のメディアに定期的に近況が出るタイプの活動ではありません。ここ1年ほどの具体的な新作情報については、確認できる公式発表が見当たらないというのが正直なところです。
SNSでの発信
本人名義のアカウントとしては、Instagramの「@linlindesuyo」、X(旧Twitter)の同じく「@linlindesuyo」が現在も確認できます。中国国内では微博(ウェイボー)でも発信しており、プロデュース業を始めた頃には10万人を超えるフォロワーを集めていたと報じられました。日本語のハンドルネームをそのまま使い続けているあたりに、日本での日々を大切にしている気持ちがにじんでいる気がします。とはいえ更新頻度は高くないようで、ファンにとっては「たまに投稿が上がると嬉しい」という距離感が続いています。
上海公演が呼び覚ました8期の記憶
直近で大きな動きがあったのは、2025年9月27日に開催されたモーニング娘。‘25の上海公演です。この日、同期のジュンジュンさんが会場に足を運び、現役メンバーと笑顔で再会したことが本人の微博投稿から明らかになり、日本のファンの間でも大きな話題になりました。リンリンさん自身がこの公演に来場したかどうかは確認できていませんが、8期の2人が中国で残したものの大きさが、あらためて語り直されるきっかけになったのは間違いありません。
ハロプロとモーニング娘。の歴史に大きな遺産を残してくれた 出典:エンタメアライブ 2025年10月1日
卒業から15年という節目
2025年12月で、リンリンさんが横浜アリーナのステージを降りてからちょうど15年が経ちました。SNS上ではこの節目に合わせて当時の映像を振り返るファンの投稿も見られ、いまだに8期留学生コンビの人気が根強いことがうかがえます。日本での復帰やOGイベントへの参加といった公式発表は、2026年7月時点では確認できていません。それでも「いつかまた日本のステージで」と願うファンの声は途切れていない、というのが現状です。
06まとめ
言葉も文化も違う国から16歳でやってきて、国民的グループの一員として3年半を駆け抜けた。それだけでも十分すぎる物語なのに、リンリンさんはそこで満足せず、帰国後は自分の手でアイドルをつくる側に回りました。日本で得た経験を中国に持ち帰って形にしたという意味で、彼女のキャリアはモーニング娘。OGの中でもかなり独特です。露出は減りましたが、それは終わりではなく、活動のフィールドが変わっただけなんだと思います。
リンリン 2026年現在まとめ
- 1991年3月11日生まれ、中国・浙江省杭州市出身。2026年7月時点で35歳。
- 2007年3月にモーニング娘。8期留学生メンバーとして加入、2010年12月15日に卒業。
- 新ミニモニ。リーダー、上海万博ユニット「Ex-ceed!」、声優挑戦など在籍中の活動は多彩だった。
- 卒業後は中国に帰国し、テレビ出演を経て音楽レーベルと契約、制作サイドへ。
- 2014年にアイドルグループ「Idol School」を立ち上げ、作詞・作曲・プロデュースを担当。
- 2026年現在も中国を拠点にプロデューサーとして活動しているとされ、Instagram・Xの「@linlindesuyo」や微博で発信。
- 2025年9月の上海公演では同期のジュンジュンさんが来場し、8期への注目が再燃した。
「雨の降らない星では愛せないだろう?」の中国語版が生まれたあの瞬間から、モーニング娘。の歴史には確かに中国語のページが刻まれました。それを書き込んだ本人は今、母国で次の世代を育てる側にいます。日本のファンにとっては少し遠い場所かもしれませんが、彼女が歩いてきた道はきちんとつながっている。またどこかで、あのハスキーな声を聞ける日が来ることを願いつつ、これからも静かに応援していきたいですね。