「モーニング娘。に、中国から来たメンバーが入る」——2007年3月、そのニュースは当時のハロプロファンにとって、それなりの衝撃でした。ジュンジュンさんとリンリンさん。8期の“留学生メンバー”として加入した2人のうち、長い手足とキレのあるダンス、そしてバナナを房ごと持ち歩くマイペースぶりで愛されたのがジュンジュンさんです。プラチナ期と呼ばれる9人体制を、彼女は確かに支えていました。それが2010年12月の卒業を最後に、日本のメディアからはすっと姿を消してしまう。あれから15年以上、ジュンジュンさんは今どこで何をしているのか。実は、ちゃんと元気にやっていて、しかも去年、思わぬ場所にひょっこり現れていたんです。

01ジュンジュンのプロフィール

本名
李純(リー・チュン)/2015年より李沁謡(リー・チンヤオ)に改名
生年月日
1988年1月11日(公称プロフィールは2月11日)
年齢
38歳(2026年7月時点)
出身地
中国・湖南省岳陽市
血液型
O型
メンバーカラー
在籍
モーニング娘。8期(留学生メンバー)2007年3月〜2010年12月
現在の活動
中国を拠点に女優・タレント業。SNSでの発信を継続

生年月日が「実際は1月11日、公称は2月11日」という二重表記になっているのは中国の戸籍事情によるもので、ファンの間ではわりと有名な小ネタでした。

02全盛期の活躍――日本語ゼロからの4年間

中国オーディションから、いきなりモーニング娘。へ

ジュンジュンさんがモーニング娘。に加入したのは2007年3月15日。同時に発表されたリンリンさん(銭琳)とともに、グループ史上初の海外出身メンバーとなりました。当時のプロデューサー・つんく♂さんは2007年以降のアジア展開を強く意識していて、その鍵を握る存在として2人を招いた——という経緯が語られています。研修生を経てからの昇格ではなく、中国での選考からいきなりモーニング娘。へ。今考えても、なかなか思い切った人事でした。

加入発表直後のシングル「悲しみトワイライト」(2007年4月)にはまだ参加しておらず、本格的な合流は次のシングルからです。つまりデビューまでの数か月は、日本語も生活も一からの猛特訓期間だったわけですね。

言葉の壁を、英語と度胸で乗り越えた

加入当初のジュンジュンさんは日本語がほとんど話せず、代わりに日常会話レベルの英語でメンバーとやりとりしていたと伝えられています。中国語・日本語・英語のトリリンガルという肩書きは、そうやって現場で身につけたもの。バラエティ番組で少しずつ日本語のボケができるようになっていく過程を、リアルタイムで見守っていた人も多いのではないでしょうか。

キャラクターとしては、あえての“ぶりっ子”路線。道重さゆみさんと口ゲンカ風のやりとりを繰り広げるのが定番で、あの絶妙な空気感は当時のモーニング娘。の名物でした。そして何より、バナナ。房ごと持ち歩き、一度に7本食べたこともあるという逸話は、彼女を語るときに絶対に外せません。

ダンスとスタイルで、パフォーマンスの軸に

ジュンジュンさんの最大の武器はやはりパフォーマンスでした。長身で手足が長く、ダンスの一つひとつが大きく見える。9人体制のフォーメーションの中で、彼女がいる側は明らかに“画が締まる”んですよね。ピアノも弾け、歌にも芝居にも意欲的で、器用というより「全部やりにいく」タイプ。プラチナ期と呼ばれるこの時代のモーニング娘。のパフォーマンス評価が高いのは、8期2人の存在も大きかったと思います。

2008年、故郷での凱旋公演

そして2008年、モーニング娘。は中国での公演を実現します。ジュンジュンさん・リンリンさんにとっては母国での凱旋ステージ。同年5月には台湾でもコンサートを行うなど、グループのアジア展開が一気に加速した時期でした。「アジアで戦えるモーニング娘。」という構想が、いちばん形になっていた瞬間だったのかもしれません。

03卒業と中国帰国――消息が途絶えた理由

2010年12月15日、横浜アリーナ。『モーニング娘。コンサートツアー2010秋 〜ライバル サバイバル〜』の最終日をもって、亀井絵里さん・ジュンジュンさん・リンリンさんの3人が同時に卒業しました。メンバーが号泣する中でのお別れは、モーニング娘。の歴史でも屈指の“泣ける卒業”として語り継がれています。

ジュンジュンさんの卒業理由は、中国での活動に本腰を入れるため。つまりネガティブな離脱ではなく、キャリアの次の一手としての帰国でした。ただ、日本の芸能事務所を離れて中国へ拠点を移すということは、日本のテレビや雑誌に出る機会がほぼゼロになるということでもあります。日本のファンからすると「元気なのは分かるけど、何をしているのか全然入ってこない」という状態が長く続いた。これが“消息不明”っぽく語られてしまった正体です。

卒業の場面で語り継がれているエピソードがひとつ。道重さゆみさんから「冷たくして、ごめんね」と謝られたとき、ジュンジュンさんは「やさしくされたことしか覚えてないよ」と返した——と伝えられています。言葉の壁があった4年間を、こう総括できる人なんだな、と。ちょっとぐっときますよね。

  • 2007年3月リンリンさんとともにモーニング娘。8期(留学生)メンバーとして加入が発表される。
  • 2008年グループの中国公演に参加。母国での凱旋ステージを実現。同年5月には台湾公演も。
  • 2010年12月15日横浜アリーナでの卒業スペシャル公演をもってモーニング娘。およびハロー!プロジェクトを卒業。
  • 2011年9月中国へ帰国し、北京電影学院に入学。演技を本格的に学び直す。
  • 2014年11月中国の音楽プロデューサー・鄭楠さんと結婚(発表は同年12月)。
  • 2015年5月芸名を李純から李沁謡(リー・チンヤオ)に改める。
  • 2016年中国中央電視台のドラマ『東方戦場』に女性記者役で出演。
  • 2020年5月第1子の出産を自身のSNSで報告。日本のメディアでも大きく取り上げられる。
  • 2021年4月中国の動画配信作品『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』が公開。
  • 2025年9月モーニング娘。'25の上海公演を客席から観覧し、現役メンバーと再会。

04改名と結婚――李沁謡としての新しい人生

北京電影学院で、女優として作り直す

帰国後のジュンジュンさんが選んだのは、いきなり中国の芸能界に飛び込むことではなく、2011年9月に北京電影学院へ入学するという道でした。中国映画界の名優を数多く輩出してきた名門です。アイドルとしての知名度に頼らず、演技の基礎から積み直す。この選択が、彼女のその後の10年以上を決めたと言っていいと思います。

以降は中国国内のテレビドラマや映画に出演。2016年には中国中央電視台(CCTV)のドラマ『東方戦場』に女性記者役で出演し、2021年4月には配信作品『クラッシュ・オブ・ゴッド 神と神』にも参加しています。中国での作品数は日本語圏に情報が入ってきにくく、日本のファンが把握しづらい状態が続いていますが、少なくとも「引退して表舞台から消えた」わけではないことは確かです。

音楽プロデューサー・鄭楠さんとの結婚

2014年11月3日、ジュンジュンさんは中国の音楽プロデューサー・鄭楠(ジェン・ナン)さんと結婚しました(発表は同年12月26日)。鄭楠さんは中国音楽界では相当な大物で、サンディ・ラム(林憶蓮)やS.H.E、李宇春といった一線級のアーティストの作品を手がけ、音楽番組『歌手』などの音楽監督も務めてきた人物です。近年も精力的に制作を続けており、2022年には自身の音楽制作会社を立ち上げています。

そして2015年5月、彼女は芸名を「李純」から「李沁謡」へ変更します。中国では改名によって新しいキャリアの節目を作ることが珍しくなく、女優としての再スタートを明確に位置づける意味合いがあったようです。日本のファンにとっては「検索しても出てこない」原因のひとつがまさにこれで、旧名で追いかけていると情報が途切れてしまうんですね。

2020年、母になったことを自分の言葉で報告

2020年5月28日には第1子を出産し、翌29日に自身のSNSで報告しています。妊娠期間中の写真も含めて公開されたこの報告は日本のネットメディアでも取り上げられ、「ジュンジュン、お母さんになったんだ」と久しぶりに名前がトレンドに上がりました。SNSでの発信は中国版のWeiboが中心で、日本語を交えて投稿することもあり、日本のファンとの細い糸はずっと切れていなかったわけです。

052026年現在の活動

2025年9月、上海公演の客席に“あの人”がいた

ジュンジュンさんの現在を語るうえで、いちばん新しくて、いちばん象徴的な出来事がこれです。2025年9月27日、モーニング娘。‘25が上海で公演を行った際、客席にジュンジュンさんの姿がありました。しかも関係者席ではなく、自分でチケットを購入しての来場だったと伝えられています。

周囲のファンに気づかれてサインを求められるなど客席は騒然。公演後には現役メンバーとも対面し、メンバー全員へのプレゼントまで用意していたそうです。モーニング娘。‘26の公式X(旧Twitter)アカウントでも、贈り物への感謝が投稿されました。在籍時代を共にしたメンバーはもう一人も残っていない。それでも会いに行き、後輩たちを労う。15年という時間の重さと、それでも変わらないものの両方が詰まったエピソードだと思います。

このとき12期の牧野真莉愛さんが自身のブログで、来場の様子を報告しています。

今日はモーニング娘。に元気をもらいにきました 出典:デイリースポーツ 2025年10月3日

「元気をもらいにきました」。卒業して15年経った人が、後輩の現場にそう言って足を運ぶ。これ、けっこうすごいことだと思うんです。

拠点は中国、SNSでの発信は継続中

2026年現在も、ジュンジュンさんの活動拠点は中国です。発信の中心はWeiboで、Instagram(@liqinyao0111)も李沁謡名義で開設されています。上海公演での再会も、彼女自身がSNSで報告したことでファンの間に一気に広まりました。

一方で、日本の芸能事務所に所属して日本国内で活動している事実は確認できていません。日本のテレビや音楽番組でジュンジュンさんを見かける機会が今もほぼないのは、そういうことです。「日本を離れただけで、活動をやめたわけではない」——この距離感の理解が、彼女の現在地を正しく捉えるうえでのポイントになります。

女優としての現在地

女優・李沁謡としての最新の出演作について、2025年から2026年にかけての具体的な新作情報は、日本語で確認できる範囲では見つかりませんでした。中国国内での俳優活動は情報が日本に届きにくく、出産・育児を経てペースを調整している可能性もあります。ただ、少なくとも表舞台への意欲が失われているようには見えません。2025年9月に人前へ堂々と姿を見せ、SNSで発信し、後輩に贈り物をする。あの立ち居振る舞いは、完全に一線を退いた人のそれではないでしょう。

なお、2026年に入ってからのジュンジュンさんに関する大きな報道は、本記事の執筆時点では確認できていません。裏を返せば、トラブルや不祥事のたぐいの話も一切出ていない、ということでもあります。

モーニング娘。とのつながりは、まだ続いている

近年のハロー!プロジェクトはアジア圏でのライブを積極的に展開しており、上海や台北での公演が定期的に組まれるようになりました。ジュンジュンさんとリンリンさんが加入した2007年の狙いが、形を変えて今ようやく実を結んでいる——そんな見方もできます。中国にモーニング娘。を知る人が一定数いて、公演が成立する。その土壌づくりに、留学生メンバー2人が果たした役割は決して小さくなかったはずです。

今後、OGとして日本のイベントに出演する可能性があるのかどうかは分かりません。ただ、2025年のあの再会を見てしまうと、期待したくなりますよね。ステージ上でもう一度、あの長い手足が動くところを見たいと思っているファンは、たぶん相当な数いるはずです。

06まとめ――ジュンジュンは今

ジュンジュンさんは、日本を去ったのではなく、次の場所へ移っただけでした。日本語ゼロからモーニング娘。のフロントに立ち、卒業後は名門・北京電影学院で演技を学び直し、名前を変え、家庭を持ち、母になり、そして15年後に後輩たちの公演へ客としてチケットを買って足を運ぶ。並べてみると、驚くほど筋の通った人生です。日本のメディアに出ないから消息不明に見えていただけで、彼女はずっと、自分の選んだ場所で歩き続けていました。

ジュンジュン 2026年現在まとめ

  • 2026年7月時点で38歳。中国を拠点に女優・タレントとして活動している
  • 2015年に芸名を李純から李沁謡(リー・チンヤオ)へ変更。旧名では追いにくいのが“消息不明”に見えた一因
  • 2011年に北京電影学院へ入学し、演技を基礎から学び直した
  • 2014年に中国の音楽プロデューサー・鄭楠さんと結婚、2020年に第1子の出産を報告
  • 2025年9月27日、モーニング娘。'25の上海公演を自費チケットで観覧し現役メンバーと再会
  • 発信の中心はWeibo。Instagramも李沁謡名義で開設されている
  • 2026年に入ってからの大きな報道は確認できておらず、日本国内での芸能活動も確認されていない

「今日はモーニング娘。に元気をもらいにきました」。この一言に、ジュンジュンさんという人のすべてが出ている気がします。海を越えて加入し、言葉の壁と戦い、卒業して母国で新しい人生を築いて、それでも古巣を大切に思い続けている。日本での露出はこの先も多くはないかもしれません。でも、彼女がどこかで元気にやっていて、たまにふらっと客席に現れてくれる——それだけで、当時を知る私たちにとっては十分うれしいニュースなんじゃないでしょうか。またいつか、あの笑顔をステージで見られる日を楽しみに待ちたいと思います。