「SAKURA」「ありがとう」「YELL」――国民的バンド・いきものがかりのヒット曲の数々を、リーダー的存在として支えてきたのが山下穂尊さんです。ステージの後ろでアコースティックギターを抱え、ときにハーモニカを吹き、カップリングやアルバム曲では作詞作曲も一手に担っていた「縁の下の力持ち」。そんな山下さんが2021年夏にグループを脱退して以来、テレビやライブでその姿を見かけることがめっきり減りました。「あの人、今どうしてるんだろう?」と気になっている方も多いのではないでしょうか。実は山下さん、表舞台からは退いたものの、創作の世界でしっかりと「今」を生きています。2026年現在の山下穂尊さんの活動を、全盛期の活躍から丁寧にまとめました。

01山下穂尊のプロフィール

本名
山下 穂尊(やました ほたか)
生年月日
1982年8月27日(43歳)
出身地
神奈川県海老名市
学歴
神奈川県立厚木高校 → 法政大学社会学部
主な活動
作詞家・作曲家・ミュージシャン(ギター・ハーモニカ)
元所属グループ
いきものがかり(2006年デビュー〜2021年脱退)
現在のユニット
梅の花咲く頃(イラストレーターKITOとのアートユニット)

水野良樹さんとは小学1年生からの幼なじみ。そんな関係から始まったバンドだったと思うと、いろいろと感慨深いものがありますね。

02全盛期の活躍――いきものがかりを支えた職人

路上ライブから国民的バンドへ

いきものがかりは、神奈川県・海老名や厚木を拠点に、小田急線の駅前などで路上ライブを重ねていたバンドです。水野良樹さんと山下穂尊さんが立ち上げ、そこにボーカルの吉岡聖恵さんが加わって3人組に。地道な活動を経て、2006年にシングル「SAKURA」でメジャーデビューを果たします。

山下さんはバンドの中でアコースティックギターとハーモニカを担当。派手に前へ出るタイプではありませんでしたが、サウンドの土台を支える存在として、グループに欠かせない一員でした。

ヒット曲を量産した黄金期

デビュー後のいきものがかりは、まさに快進撃でした。NHK高校サッカーのテーマ「YELL」、TBS系ドラマ主題歌「ありがとう」、そして数々のCMやアニメ・ドラマとのタイアップ。「気まぐれロマンティック」「じょいふる」「ホタルノヒカリ」など、誰もが一度は耳にした名曲が並びます。

「ありがとう」はNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』の主題歌として大ヒットし、レコード大賞でも高く評価されました。お茶の間で口ずさんだ方も多いはず。2010年代前半のいきものがかりは、まさに国民的バンドと呼ぶにふさわしい存在でした。

作詞・作曲家としての確かな実力

山下さんの真価が発揮されていたのは、実は楽曲制作の場面でした。グループの作詞作曲は水野さんがメインと思われがちですが、シングルのカップリング曲やアルバム収録曲の多くは、山下さんが手がけたものです。

カバー曲やライブ音源を除けば、ほとんどのカップリング曲の作詞・作曲は山下さんによるもの。表題曲とはまた違う、繊細で情景描写の豊かな世界観が山下さんの作風で、コアなファンほど「山下曲が好き」という人が多かったほどです。シングルのA面だけでなく、アルバムを丸ごと聴いてこそ味わえる、いきものがかりの奥行きを作っていたのが山下さんだったと言えるでしょう。

「3人だからこそ」のバランス

吉岡さんの伸びやかなボーカル、水野さんの牽引力、そして山下さんのサウンドと作家性。この3人のバランスがあってこそのいきものがかりでした。山下さんは寡黙な印象を持たれがちでしたが、バンドの音楽的な幅を広げる重要なピースだったのです。

03脱退の経緯と表舞台からの離脱

2021年6月2日、いきものがかりは公式サイトなどを通じて、山下穂尊さんが同年夏を目処にグループを脱退することを発表しました。長年のファンにとっては、本当に大きなニュースでした。

  • 2006年3月シングル「SAKURA」でいきものがかりがメジャーデビュー。
  • 2010年「ありがとう」がNHK連続テレビ小説『ゲゲゲの女房』主題歌として大ヒット、国民的バンドの地位を確立。
  • 2017年約2年間の活動休止「放牧」期間を経て活動を再開。
  • 2020年5月イラストレーターKITOさんとアートユニット「梅の花咲く頃」を結成、Instagramで創作を開始。
  • 2021年6月2日同年夏での脱退と、表舞台に立つ芸能活動からの離脱を発表。
  • 2021年6月10・11日横浜アリーナ公演が3人でのラストライブに。
  • 2021年夏正式に脱退。以降は水野・吉岡の2人体制でグループ活動を継続。
  • 2022年2月大阪・関西万博の応援ソング「満ちる愛・繋ぐ夢」を書き下ろし、創作の場で存在感を示す。

脱退の理由について、山下さんは自身のコメントの中で、これからの生き方を見つめ直した結果であると説明しています。

この一年以上、様々に社会状況が変化していく中で、果たして自分がいる場所、するべき事、生き方、とは何だろう、とずっと考えて参りました。 出典:いきものがかり公式サイト「山下穂尊より皆様へ」2021年6月2日

公式には、音楽やグループに向ける気持ちが、山下さんと他の2人との間で少しずつ違うものになっていったことが理由とされています。脱退をめぐっては週刊誌で「不仲」「女性問題」といった報道もありましたが、これらは本人や事務所が事実として認めたものではなく、確定した情報ではありません。本記事ではあくまで本人の公式コメントに基づいて、その歩みを追っていきます。

04創作活動へのシフト

「表に立つことからは退きますが、創作活動は続ける」

山下さんが脱退発表時に明確にしていたのは、「芸能界を引退する=音楽をやめる」ではない、ということでした。本人のコメントには「表に立つことからは退きますが、創作活動などは引き続き行っていきたいと考えております」とあります。

つまり山下さんが選んだのは、「ステージの上のミュージシャン」から「創作する人」への転身でした。もともとカップリング曲やアルバム曲を黙々と書き続けてきた人ですから、ある意味では原点に立ち返った選択とも言えます。スポットライトより、ものづくりそのものに向き合いたい――そんな思いが伝わってきますね。

幼なじみ・水野良樹さんとの別れの言葉

脱退にあたって、小学1年生からの盟友である水野良樹さんが寄せたコメントも印象的でした。長年連れ添ってきた相棒の新たな門出に対し、水野さんは温かい言葉で送り出しています。何十年も一緒に音楽をやってきた幼なじみが別々の道を歩むというのは、簡単なことではなかったはずです。それでも互いの選択を尊重し合う姿は、3人のいきものがかりの最後の在り方として、ファンの心に残りました。

創作の場として選んだ「梅の花咲く頃」

実は山下さんは、脱退を発表するより前の2020年5月から、新しい創作の場をひそかにスタートさせていました。それがイラストレーターのKITOさんと組んだアートユニット「梅の花咲く頃」です。詳しくは次の章で紹介しますが、この活動こそが、脱退後の山下さんの「今」を象徴するものになっています。

052026年現在の活動

アートユニット「梅の花咲く頃」での創作

2026年現在、山下穂尊さんの活動の中心になっているのが、イラストレーターKITOさんとのアートユニット「梅の花咲く頃」です。山下さんが綴る詩や物語と、KITOさんが描くイラストを組み合わせた「イラストーリーディング」という独自の作品を生み出しています。

発表の舞台は主にInstagram。文章とイラストが溶け合った繊細で美しい世界観が特徴で、フォロワーからは「言葉が沁みる」「優しい気持ちになれる」と好評です。テレビやライブとはまったく違う、静かでパーソナルな表現の場を山下さんは見つけたわけですね。脱退前から温めていた活動だけに、ぶれずに続いているのも納得です。

山下さんのInstagram(@yamashita_hotaka)では、こうした「イラストーリーディング」作品が今も継続的に投稿されています。気になる方は覗いてみると、山下さんの新しい一面に出会えるはずです。

作詞・作曲家としての継続

「創作活動を続ける」という言葉どおり、山下さんは楽曲制作の仕事も手がけています。脱退後の代表的な仕事のひとつが、2025年大阪・関西万博の応援ソング「満ちる愛・繋ぐ夢」の書き下ろしです。

この曲は「世界ゆるミュージック協会」によるプロジェクトの一環で、楽曲は山下さんが書き下ろし、歌詞は公募されたアイデアをもとに山下さんがまとめたもの。さらに山下さんは得意のブルースハープ(ハーモニカ)で演奏にも参加しています。表には立たないと言いつつ、こうして音そのものには関わり続けているあたり、根っからの音楽人なんだなと感じさせられますね。万博という大きなプロジェクトに作家として名を連ねたことは、脱退後の山下さんの確かな実績と言えるでしょう。

執筆・文章の仕事、グッズ展開も

山下さんは脱退時に「執筆」も新たな道として挙げていました。実際、文章を綴る仕事もスタートしているとされ、趣味のキャンプにまつわるエッセイ的な発信なども行っています。詩や物語だけでなく、エッセイのような形でも言葉を紡いでいるのが今の山下さんです。

また「梅の花咲く頃」名義では、Tシャツなどのオリジナルグッズも展開。手の届きやすい価格で販売され、ファンからは「身につけられるのが嬉しい」と好評のようです。アーティストグッズというより、作品世界を持ち帰れるアイテムといった趣で、創作ユニットらしい広がり方をしています。

会社の取締役としての顔も

少し意外なところでは、山下さんは脱退後も、いきものがかりの3人がかつて設立した会社「MOAI」の取締役として名前を連ねていると報じられています。表舞台からは退いたものの、ビジネス面ではかつての仲間とのつながりが完全に途切れたわけではない、ということですね。長年積み上げてきたものを考えれば、これも自然な形なのかもしれません。

06まとめ

国民的バンド・いきものがかりを音楽面で支え続け、2021年夏に脱退した山下穂尊さん。表舞台からは退きましたが、2026年現在も「創作する人」として、自分らしい歩みをしっかり続けています。

山下穂尊 2026年現在まとめ

  • 2006年デビューのいきものがかりでギター・ハーモニカ・作詞作曲を担当
  • シングルカップリングやアルバム曲の多くを手がけた実力派の作家
  • 2021年夏にグループを脱退、表舞台に立つ芸能活動から離脱
  • 脱退理由は本人いわく「生き方の見つめ直し」(不仲・女性問題報道は未確定)
  • 現在はイラストレーターKITOとのアートユニット「梅の花咲く頃」で創作を継続
  • 2025年大阪・関西万博応援ソングを書き下ろすなど作詞作曲も継続中
  • 執筆・グッズ展開も行い、Instagramで作品を発信し続けている

スポットライトを浴びるステージから、静かに言葉と音を紡ぐ場所へ。山下さんの選択は、一見地味に映るかもしれません。でも、自分が本当にやりたいことを見極めて、その道を着実に歩んでいる姿は、とても誠実で格好いいものだと思います。これからも「梅の花咲く頃」をはじめとする山下穂尊さんの創作を、そっと見守っていきたいですね。