結婚式の披露宴、あるいは中学校の合唱コンクール。あのイントロが流れた瞬間に、会場の空気がふっとやわらぐ――「Get Along Together」を初めて聴いた場所は、人によってまるで違うはずです。1993年にこの曲でデビューした山根康広さんは、翌年には紅白歌合戦の舞台にも立ちました。それから30年以上。「あの一曲の人」と語られがちな山根さんですが、実は音楽をやめたことは一度もありません。2026年8月、60歳の誕生日をはさんで大阪・名古屋・横浜を回るアニバーサリーツアーの真っ最中です。ここでは、全盛期からの歩みと、いまの活動をまとめて追いかけていきます。

01山根康広さんのプロフィール

名前
山根康広(やまね やすひろ)
生年月日
1966年8月16日
年齢
59歳(2026年8月10日時点/8月16日に60歳)
出身地
大阪府堺市北区
学歴
大阪府立狭山高等学校卒業/大阪芸術大学 環境計画学科修了
職業
シンガーソングライター、編曲家
デビュー
1993年1月21日「Get Along Together」(日本クラウン)
代表曲
「Get Along Together -愛を贈りたいから-」「恋という名の翼」「CLOUD 9」

大阪芸術大学の「環境計画学科」という経歴が、ちょっと意外ですよね。音楽学部ではないんです。

02全盛期の活躍――ミリオンセラーと紅白

会社員をしながらのデビューだった

山根さんが音楽を本格的に始めたのは学生時代。大阪芸術大学の環境計画学科に進んだのも、バンドを組む仲間と出会うためだったと本人が語っています。1989年には「BE FREE」というバンドを結成しますが、1991年に解散。その後は大阪の仮設建築会社で設計の仕事に就き、会社員として働いていました。

つまり、デビュー当時の山根さんは「音楽一本」の人ではなかったわけです。周囲からも「音楽だけでは食べていけない」と助言され、しばらくは会社員を続けたといいます。双葉社のインタビューサイト「THE CHANGE」(2023年12月27日掲載)では、そもそもバンドでデビューしたかった、ボーカルとキーボードだけのスカウトは断ったこともある、と当時の胸中を明かしていました。

「地味な歌」と言われた曲が150万枚に

1993年1月21日、「Get Along Together」でメジャーデビュー。ところが業界関係者からは「この曲は地味な歌だから難しい」と言われていたそうです。本人も別の曲でデビューしたかったと振り返っています。

しかし、大阪のラジオを中心にリクエストがじわじわ増えていきます。そして同年9月6日、リメイク版の「Get Along Together -愛を贈りたいから-」を発売。フジテレビ系ドラマ「じゃじゃ馬ならし」の挿入歌としてお茶の間に流れたこともあり、こちらはオリコン最高5位まで上昇。翌1994年の夏までに150万枚を超える大ロングヒットとなりました。デビュー曲がミリオンを超えるというのは、90年代のCDバブル期でもそう起きることではありません。

レコード大賞最優秀新人賞、そして紅白へ

1993年12月、第35回日本レコード大賞で最優秀新人賞を受賞。第26回日本有線大賞でも新人部門で評価されました。そして1994年、第45回NHK紅白歌合戦に初出場。デビューから2年足らずで、シンガーソングライターとしては異例のスピード出世を果たしたことになります。

作詞・作曲・編曲をすべて自分で

見落とされがちですが、山根さんはデビュー以来、基本的に全楽曲の作詞・作曲・編曲を自分で手がけてきた人です。編曲家としてクレジットされることも多く、ヒット曲の歌い手というより「曲を作る職人」に近い立ち位置。1995年には「恋という名の翼」を発表し、シングル・アルバムのリリースを重ねていきました。

03その後の歩み――ヒット曲との距離

大ヒット曲を持つアーティストの多くが直面するのが、「その一曲」との付き合い方です。山根さんも例外ではありませんでした。

30代の頃は、あえて「Get Along Together」を歌わないツアーもあったといいます。他の曲も聴いてほしい――その思いが強すぎた時期があったわけですね。当時を振り返って本人はこう語っています。

30代のころは尖っていた。ほかの曲も聴いてほしいという思いが強くて、あえて歌わなかったツアーもありました 出典:Smart FLASH(週刊FLASH 2024年5月7日・14日合併号)2024年4月30日

いま読むと、なんだか微笑ましくもあり、切なくもあり。この「封印」を解いていく過程こそが、山根さんの30代以降の物語だったのかもしれません。

活動の場も少しずつ変わっていきました。所属レーベルは日本クラウンから東芝EMI/EASTWORLD、つばさレコーズ、ワイルドエッジエンタープライズへと移り、大手の看板に頼らないスタイルへ。2012年には「CLOUD 9」で16年ぶりにチャートインを果たしています。ライブハウスを軸に、地道に活動を続けてきた期間が長かったのです。

  • 1989年バンド「BE FREE」を結成。1991年に解散する。
  • 1993年1月「Get Along Together」でメジャーデビュー。オリコン最高12位。
  • 1993年9月リメイク版「Get Along Together -愛を贈りたいから-」発売。最高5位、150万枚超のロングヒットに。
  • 1993年12月第35回日本レコード大賞・最優秀新人賞を受賞。
  • 1994年12月第45回NHK紅白歌合戦に初出場。
  • 1995年5月「恋という名の翼」を発売。
  • 2008年韓国のグループ「sg WANNA BE+」のサウンドプロデュースを担当。
  • 2010年7月市川海老蔵さん・小林麻央さんの結婚披露宴で歌唱。
  • 2012年7月「CLOUD 9」で16年ぶりのチャートインを記録。
  • 2023年12月11枚目のオリジナルアルバム「I AM」と30周年ベスト「PIECE OF LIFE」を同日リリース。
  • 2024年12月公式Instagram・X・YouTube・TikTokを一斉に開設。
  • 2026年8月還暦記念ツアー「SHOOTING STAR 3TOURS」を大阪・名古屋・横浜で開催。

04結婚式ソングとして生き続ける理由

教室で歌われる曲になった

「Get Along Together」がすごいのは、ヒットチャートを離れたあとの生き方です。この曲は中学・高校の音楽の授業や合唱コンクールで頻繁に取り上げられるようになり、リアルタイムでCDを買っていない世代にまで届きました。卒業ソング、そして結婚式の定番曲として、世代を越えて歌い継がれているわけです。

自分の曲が学校の教材のように扱われる。ヒット曲を持つミュージシャンでも、なかなか経験できないことだと思いませんか。

披露宴のステージにも立った

2010年7月29日には、市川海老蔵さんと小林麻央さんの結婚披露宴でこの曲を歌唱しています。「結婚式の定番」を作った当人が、実際の披露宴で歌う。曲の役割がそのまま現実になったような出来事でした。

「皆さんの歌だと思う」

デビュー30年の節目に受けた取材で、山根さんはこの曲との現在の関係をこう表現しています。

今となっては皆さんそれぞれの人生の中に入っている。皆さんの歌だと思う 出典:中日スポーツ・東京中日スポーツ 2023年9月23日

同じ記事では「1日、1日音楽と向き合えればいいのではないかと思う」とも語っていました。かつて封印しようとした曲を、いまは他人に預けるような気持ちで歌っている。この距離感の変化が、そのまま30年という時間の長さなのだと思います。

海を越えたカバーも

2008年には、韓国のグループ「sg WANNA BE+」のサウンドプロデュースを担当し、日本でレコーディングを行いました。同グループは「Get Along Together」をカバーしており、山根さんとラゾーナ川崎で共演もしています。日本のヒット曲が海外のグループに歌われ、その原作者本人がプロデュースに入るという、ちょっと珍しい形の交流でした。

052026年現在の活動

還暦記念「SHOOTING STAR 3TOURS」を開催中

2026年、山根さんは60歳の誕生日を迎えます。それに合わせて企画されたのが、アニバーサリーツアー「山根康広 60 BIRTH ANNIVERSARY『SHOOTING STAR 3TOURS』」です。日程は以下の3公演。

  • 2026年8月8日(土)大阪・BANANA HALL
  • 2026年8月16日(日)名古屋・SPADE BOX
  • 2026年8月22日(土)横浜・RENY β(FINAL)

名古屋公演の8月16日は、まさに山根さんの誕生日当日。ツアーは大阪から始まり、誕生日を名古屋で迎え、横浜でファイナルという流れになっています。本人はバンドリハーサル開始時に、公式Xでこう告知していました。

「SHOOTING STAR 2026 3TOURS」バンドリハーサルがスタート! 33年の集大成ジェットコースターライヴ♪ 出典:山根康広 公式X(@Y2ROCK66)2026年

「33年の集大成」。かつて代表曲を封印していた人が、いまはキャリア全体をまとめて差し出そうとしている。この一言に、ここ数年の変化がぎゅっと詰まっている気がします。

フェスや商業施設のステージにも

ホールツアーだけが活動の場ではありません。2026年7月18日には、愛知県のイオンモール豊川で「後世に残したい名曲アーティスト Vol.5」と題したスペシャルライブを実施。1部13時、2部16時の2回公演で、CD即売とサイン会も行われました。ショッピングモールのイベントスペースで、目の前のお客さんと直接向き合うスタイルです。

また、同年7月26日には福島県南相馬市の旭公園で開催予定だった「南相馬フェス2026mini」にスペシャルゲストとして出演予定でしたが、こちらは公式サイトで雨天順延が告知されました(7月25日発表)。6月21日には新横浜のNEW SIDE BEACH!!でもライブを行っています。会場の規模を問わず年間を通してステージに立ち続けているのが、いまの山根さんです。

SNS解禁と、配信での再発信

長らく公式サイト「STYLE」とファンクラブを中心に情報発信をしてきた山根さんですが、2024年12月27日に公式Instagram・X・YouTube・TikTokを一斉に解禁。さらに2026年4月1日には公式Xを新アカウント(@Y2ROCK66)として新設しています。公式サイトのブログ「Y2-DIARY」も2026年8月に入って頻繁に更新されており、ライブ前後の様子が写真とともに公開されています。

音源面では、2025年に「Get Along Together -愛を贈りたいから-(Orchestra Version)」が配信リリースされました。1993年の曲をオーケストラアレンジで作り直すという試みで、代表曲を過去の遺産にせず、いまの手つきで更新している印象があります。2023年12月には11作目のオリジナルアルバム「I AM」と30周年ベスト盤「PIECE OF LIFE」を同時に出しており、制作の意欲も衰えていません。

「一発屋」という言葉との付き合い方

ネット上では長年「一発屋」という言葉とセットで語られてきた山根さん。ただ、実際にたどってみると、11枚のオリジナルアルバムを作り、他アーティストのプロデュースも手がけ、30年以上ライブを続けている――「一発しか出していない人」の履歴書とはずいぶん違います。

週刊FLASHの取材(2024年)では、MCが苦手で「話を振られても『はい』しか言えない」という大阪人らしからぬ悩みも明かしていました。しゃべりで盛り上げるタイプではないぶん、演奏と歌で押し切る。その不器用さも含めて、いまも同じ場所に立ち続けている人なのだと思います。

06まとめ――山根康広さんの今

「Get Along Together」という曲があまりに大きかったせいで、山根康広さんは長いあいだ「あの曲の人」として記憶されてきました。けれど本人はその一曲を封印しようとした時期を経て、いまは「皆さんの歌」として差し出し、還暦のツアータイトルに「33年の集大成」と掲げています。ヒットの記憶に閉じ込められるのではなく、それを土台にして次の一年を作る。2026年の山根さんは、そういう場所に立っています。

山根康広 2026年現在まとめ

  • 1966年8月16日生まれ、大阪府堺市北区出身。2026年8月16日に60歳を迎える。
  • 1993年デビュー曲「Get Along Together」がリメイク版で150万枚超のロングヒット。
  • 1993年に日本レコード大賞・最優秀新人賞、1994年にNHK紅白歌合戦へ初出場。
  • 30代には代表曲を歌わないツアーもあったが、現在は積極的に歌っている。
  • 2026年8月、還暦記念ツアー「SHOOTING STAR 3TOURS」を大阪・名古屋・横浜で開催。
  • 2026年はイオンモール豊川でのライブ、南相馬フェス2026miniへの出演予定など活動が続く。
  • 2024年末に公式SNSを解禁し、2025年には代表曲のオーケストラ版を配信リリース。

デビューから33年。会社員として設計図を引きながら曲を作っていた青年が、還暦の誕生日をライブハウスのステージで迎える――そう考えると、なかなか痛快なキャリアではないでしょうか。もしあなたが披露宴や合唱コンクールであの曲を歌った記憶を持っているなら、いちど本人の生の歌声を聴きに行ってみてもいいかもしれません。30年分の厚みがついた「Get Along Together」は、たぶんCDで聴いたそれとは少し違うはずです。