「負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと」——このフレーズを口ずさめる人は、きっと多いはずです。1991年に発売され180万枚超の特大ヒットとなった「それが大事」。卒業式や運動会、部活の応援など、平成の日本人の背中を数えきれないほど押してきた国民的応援ソングです。その真ん中で伸びやかに歌っていたのが、大事MANブラザーズバンドのボーカル・立川俊之さん。あの人は今どうしているのでしょう。実は今も現役のシンガーソングライターとして、全国で歌い続けています。全盛期の記憶をたどりながら、2026年現在の立川俊之さんの「今」をまとめました。
01立川俊之のプロフィール
- 本名
- 立川 俊之(たちかわ としゆき)
- 生年月日
- 1966年4月17日(60歳)
- 出身地
- 埼玉県草加市
- 血液型
- A型
- 主な活動
- 歌手・シンガーソングライター・作詞作曲家
- 所属グループ
- 大事MANブラザーズバンド(元)/大事MANブラザーズオーケストラ
- 代表曲
- 「それが大事」(1991年)
- 所属
- 株式会社Ts Office(代表取締役)
2026年で60歳。あの「それが大事」を歌っていた青年も還暦を迎えたと聞くと、時の流れを感じますね。ちなみに「大事MANブラザーズ」という名前は、当初は複数メンバーのバンドでしたが、事実上のフロントマンでありほぼすべての楽曲を手がけていたのが立川さんでした。
02全盛期の活躍――「それが大事」という社会現象
バンド結成から「それが大事」誕生まで
立川俊之さんのキャリアは意外と長く、1982年にはすでに「Around Midnights」というバンドで音楽活動をスタートさせています。その後メンバーチェンジやバンド名の変遷を経て、1990年頃に「大事MANブラザーズバンド」という名前に落ち着きました。ユニークなバンド名ですが、これは「大事なことをMAN(男)が歌う」といったニュアンスから来ていると言われています。
1991年1月にファンハウスからメジャーデビュー。そして同年、3枚目のシングルとして世に出たのが「それが大事」でした。この一曲が、立川さんの人生を大きく変えることになります。
180万枚超の特大ヒット――時代を象徴する応援歌に
「それが大事」は発売されるや口コミで火がつき、最終的に実売180万枚を超える特大ヒットを記録しました。1992年の年間シングルランキングでは第4位。老若男女が口ずさむ、まさに社会現象と呼べる盛り上がりでした。
ヒットの理由は、なんといってもあのストレートで力強い歌詞にあります。「負けないこと 投げ出さないこと 逃げ出さないこと 信じ抜くこと」という一節は、聴く人それぞれの状況に寄り添い、背中を押してくれる普遍性を持っていました。難しい言葉は一切使わず、ただまっすぐに「大丈夫だよ」と伝えてくれる。だからこそ、卒業ソングや応援ソングとして世代を超えて歌い継がれてきたのです。
この功績が評価され、大事MANブラザーズバンドは1992年3月、日本ゴールドディスク大賞の部門賞にあたるベストニューアーティスト賞を受賞しています。
「一発屋」というレッテルと本当の実力
ここまで書くと華々しい成功物語ですが、実際には「それが大事」のインパクトがあまりに大きすぎたことが、その後の立川さんを長く悩ませることになります。世間では「大事MAN=それが大事の一発屋」というイメージが定着し、後続のシングルは思うようなヒットに恵まれませんでした。
ただ、立川さんは決して「一発屋」で片づけられる存在ではありません。作詞・作曲・歌唱をこなすシンガーソングライターであり、シアトリカルソング(演劇的な楽曲)にこだわった意欲作を発表するなど、その音楽性は本来かなり幅広いもの。一曲の巨大な成功が、逆にその多才さを覆い隠してしまった——それが全盛期の光と影でした。
03バンド解散とその後のソロへの道
「それが大事」の大ヒットから数年、大事MANブラザーズバンドは1996年に解散します。ここから立川さんの、長く地道なソロミュージシャンとしての道のりが始まりました。決して派手ではありませんが、音楽をやめずに歩み続けた軌跡です。
- 1994年9月ソロアルバム「Theatrical Songs」を発表。演劇的な世界観の楽曲に挑戦し、シンガーソングライターとしての一面を見せる。
- 1996年大事MANブラザーズバンドが解散。同年、小牟田聡とのユニット「TT.Charlie」を結成し活動を継続。
- 2002年「T.T ORCHESTRA」を立ち上げ、バンド編成での音楽活動を再開。
- 2007年ソロでのアコースティックライブをスタート。歌一本で客席と向き合うスタイルを追求していく。
- 2009年1月「大事MANブラザーズオーケストラ」を結成。かつての名前を受け継ぎつつ、新たな体制でライブ活動を展開。
- 2012年11月株式会社Ts Officeを設立し、代表取締役に就任。自らのマネジメントや楽曲・著作権管理を手がける体制を整える。
- 2016年デビュー25周年記念アルバム「喜楽人生」をリリース。
この年表からわかるのは、立川さんが一度も「歌うこと」から離れなかったということです。テレビの露出が減っても、ユニットを組み、オーケストラを立ち上げ、アコースティックライブを重ねる。しかも自ら会社を設立して活動基盤まで作ってしまう。派手さはなくとも、したたかに、そして誠実に音楽と向き合い続けてきたのが、この時期の立川俊之さんでした。
04「しくじり先生」で再ブレイクした男
「何が大事か分からなくなっちゃった先生」
長く地道な活動を続けてきた立川さんに、大きな転機が訪れます。2015年、テレビ朝日系のバラエティ番組「しくじり先生 俺みたいになるな!!」への出演です。
このとき立川さんが名乗った肩書きが、「それが大事を歌いすぎて何が大事か分からなくなっちゃった先生」。自分自身の「一発屋」というイメージや、大ヒット後に苦労した半生を、これ以上ないほど自虐的に、そして愛嬌たっぷりに語り倒したのです。
自虐と本音が詰まった「伝説の神回」
授業で語られたのは、大ヒットの裏にあったリアルな話の数々。巨大なヒットゆえに次の一手がプレッシャーになったこと、周囲の期待とのギャップに苦しんだこと——普通なら隠したくなるような「しくじり」を、立川さんはユーモアに変えて堂々と披露しました。この爆笑必至のトークが視聴者の心をつかみ、番組は「神回」と語り草になります。
面白いのは、この回をきっかけに「それが大事」を知らなかった若い世代までもが立川さんに注目し始めたこと。往年のファンには「懐かしい」を、若い世代には「この人面白い」を同時に届けたわけです。ヒットから20年以上を経て、立川さんは思わぬ形で再ブレイクを果たしました。
「それが大事」のアンサーソング
再評価の流れの中で、立川さんは「それが大事」に対する新たな答えも提示しています。大ヒットから四半世紀、還暦へと向かう自分の目線で紡いだ、いわばアンサーソングです。
負けてもいい、逃げ出してもいい、そういう日があってもいいでしょ。そしてまた前を向いて行こう。 出典:GetNavi web 2016年4月
かつては「負けないこと 逃げ出さないこと」と力強く歌った人が、年輪を重ねて「負けてもいい、逃げ出してもいい」と歌う。応援の形が変わったのではなく、より深く、より優しくなった——そんな成熟を感じさせるメッセージでした。この柔らかな視点こそ、今の立川さんの歌の魅力につながっています。
052026年現在の活動
年間50本以上――今も現役のライブシンガー
2026年現在、60歳を迎えた立川俊之さんは、変わらず現役のライブシンガーとして精力的に活動しています。ソロのアコースティックライブを中心に、年間50本以上ものステージに立っているとされ、そのフットワークの軽さは驚くほど。全国のライブハウスやショッピングセンター、地域のフェスやイベントまで、規模の大小を問わず「歌える場所」があればどこへでも足を運びます。
近年のライブでは「それが大事」はもちろんのこと、スティングやビリー・ジョエルといった洋楽の名曲カバーも織り交ぜるなど、シンガーとしての引き出しの多さを見せています。「一発屋」のイメージとはまるで違う、一人の音楽家としての姿がそこにあります。
2025年〜2026年の主なステージと新作
活動は懐メロの枠にとどまりません。新たな音源制作にも意欲的に取り組み、ソロ名義でのライブ活動を精力的に続けています。ショッピングセンターのイベントから都内のライブハウスまで、幅広いステージをこなしてきました。
とりわけ2026年は、立川さんにとって還暦という大きな節目の年です。テレビの懐メロ特番やイベントに「それが大事」の歌い手として招かれれば、あの応援歌があらためて世代を超えた反響を呼びます。豪華な若手アーティストが並ぶ音楽番組の中でも、この一曲が持つ力は健在です。
そして立川さんの真骨頂は、なんといっても生のライブ。少人数限定の親密なステージから親子向けのイベントまで、還暦を迎えてなお、直接ファンと顔を合わせて歌う場を大切にしています。「それが大事」を軸にしながらも、その活動の幅は決して縮こまっていません。
「それが大事」を歌い続けるということ
立川さんの2026年を象徴するのは、やはり「それが大事」という一曲との向き合い方です。2021年にはリリース30周年を記念してYouTubeチャンネルを開設し、記念音源やクリスマスアルバムなども発表してきました。そして2026年は、立川さん自身が還暦を迎える大きな節目の年でもあります。
一曲の大ヒットに縛られ、時に「一発屋」と揶揄されながらも、立川さんはその一曲を疎ましく思うのではなく、むしろ財産として大切に歌い続けてきました。卒業式で、応援の場で、この歌にどれだけの人が救われてきたか。それを一番よく知っているのが立川さん自身なのでしょう。60歳を迎えた今も変わらず「それが大事」を届け続ける姿は、まさに歌詞そのものを体現しているようです。
06まとめ
「それが大事」の大ヒットから35年。あの応援歌の主は今も現役で、全国のステージに立ち続けています。
立川俊之 2026年現在まとめ
- 1991年発売の「それが大事」が180万枚超の大ヒット、平成を代表する応援ソングに
- 1996年のバンド解散後もユニットやオーケストラを結成し、歌い続ける
- 2012年に株式会社Ts Officeを設立、代表取締役として自身の活動を運営
- 2015年「しくじり先生」出演の爆笑トークが「神回」となり再ブレイク
- 2026年現在も年間50本以上のライブをこなす現役シンガー
- 新たな音源制作に取り組みつつ、ソロでのライブ活動を精力的に継続
- 2026年に還暦を迎え、「それが大事」の歌い手として今も各地のステージに立つ
一度の巨大なヒットは、時に人を縛りつけます。それでも立川俊之さんは「それが大事」から逃げず、その一曲を胸を張って歌い続けてきました。テレビの主役でなくなっても、地道にステージへ立ち続けた30年余り。60歳になった今も歌い続けるその姿は、まさに「負けないこと、投げ出さないこと」を身をもって示しているようです。あの応援歌にもう一度背中を押してほしくなったら、ぜひ今の立川さんのライブに足を運んでみてください。