「あれからもう何年たったろう」——このフレーズを聞いた瞬間に、頭の中でイントロのアルペジオが鳴り出す人は多いはずです。THE虎舞竜「ロード」。1990年代前半、テレビでもカラオケでも街の有線でも、とにかくどこでもこの曲が流れていました。歌っていたのが高橋ジョージさんです。その後、タレントとしてワイドショーやバラエティでもおなじみになり、やがて離婚をめぐる報道でメディアを埋め尽くし——そして、いつのまにか音楽の話題を聞かなくなりました。あの人は今、どうしているのでしょう。結論から言えば、2026年の高橋ジョージさんは、驚くほど地面に足のついた形で「現役」に戻っています。

01高橋ジョージのプロフィール

本名
高橋 恭司(たかはし きょうじ)
生年月日
1958年8月13日(本記事公開時点で67歳、8月13日に68歳)
出身地
宮城県栗原郡若柳町(現・栗原市)
身長
173cm
デビュー
1982年、シングル「Mr.リッケンバッカー」
バンド
THE虎舞竜(ボーカル)
代表曲
ロード(1992年12月発売、約220万枚)
現在の所属
パイナップルレコード株式会社(2026年6月設立)

こうして並べてみると、「バラエティのおじさん」というイメージよりずっと前から、この人はロックの現場に立ち続けているのだと改めて気づかされます。

02全盛期の活躍――ロードが220万枚

16歳で原宿に住んだ少年

宮城の田舎町で生まれた高橋さんが東京に出たのは1976年、まだ16歳のときでした。しかも住んだのは原宿。バンドの公式サイトによれば、この時期に矢沢永吉さんやジョニー大倉さんといったロックのレジェンドたちと出会い、それが音楽の道へ本格的に進むきっかけになったとされています。10代でキャロル周辺の空気を直で吸ってしまったわけで、のちの「ロックで生きる」という頑固さの原型は、たぶんこのあたりにあります。

デビューは1982年のシングル「Mr.リッケンバッカー」。曲名にギターの名前を持ってくるあたりが、もうたまらなくロック少年です。ただ、そこからブレイクまでには10年かかりました。バンド「トラブル」時代を経て、のちにTHE虎舞竜へ——長い下積みののちに、あの一曲がやってきます。

1992年12月、「ロード」という事件

「ロード」は1992年12月に発売されました。ファンからの手紙をもとに書かれた楽曲だとされ、恋人を事故で失った男の視点で綴られる物語性が、当時のリスナーの心を一気に掴みます。売上は約220万枚。しかもこの曲は「第2章」「第3章」と章を重ねる連作という異例のスタイルをとり、シリーズ累計では350万枚以上を記録しました。

いま振り返ると、この「章を重ねる」という発想がすごいんですよね。ヒット曲を一発で使い切らず、物語として延長していく。ミリオンヒットの続編を自ら書くというのは、当たると同時に「一生この曲と付き合う」という覚悟を決めることでもありました。

歌う人から「テレビの人」へ

「ロード」の爆発以降、高橋さんはミュージシャンの枠を越えてテレビに出るようになります。よく喋り、よく笑い、ツッコまれても嫌な顔をしない。ワイドショーのコメンテーターや情報番組、バラエティで顔を見る機会が増え、ドラマや映画にも出演。1990年代後半から2000年代にかけては、「ロードの人」であり「テレビの高橋ジョージさん」でもある、という二重の知名度を持つ存在になっていきました。

03転機――離婚報道とその後の日々

高橋さんの人生を語るうえで避けられないのが、1998年9月の結婚です。相手はタレントの三船美佳さん。彼女の16歳の誕生日当日に婚姻届を出したことが大きく報じられ、以後は「おしどり夫婦」としてテレビでもたびたび紹介されました。2004年11月には長女が誕生しています。

しかし2013年12月に別居。三船さんが2015年1月に離婚を求めて申し立て、2016年3月29日に離婚が成立しました。この間、テレビは連日この話題を扱い続けました。音楽の高橋ジョージさんではなく、「係争中の高橋ジョージさん」としてカメラの前に立たされた期間が長く続いたことになります。

そして離婚後、彼はいったんメディアの中心から静かに引きました。2023年9月のNEWSポストセブンのインタビューでは、車4台を処分してカーシェアに切り替えた身軽な一人暮らしを語り、「もうでっかい幸せは求めてない」と話しています。再婚の予定もないとのことでした。派手さを削ぎ落とした暮らしのなかで、彼が手放さなかったのが音楽だった——というのが、ここから先の話です。

  • 1998年9月三船美佳さんと結婚。以後「おしどり夫婦」としてメディアに登場する。
  • 2004年11月長女が誕生。
  • 2013年12月別居状態に入る。
  • 2016年3月29日離婚が成立。報道が一段落し、表舞台から距離を置く時期に入る。
  • 2017年「ロード」25周年を記念したアルバムを発表。
  • 2021年2月TBS系「水曜日のダウンタウン」の企画から、May J.さんとのデュエット「ロード~第15章×2」が生まれる。
  • 2021年9月自身のYouTubeチャンネルを開設。同年、ももいろ歌合戦にも初出場。
  • 2023年NSP50周年の企画でユニット「NoSP」を結成。
  • 2024年3月新潟のラピカ文化ホール公演で、オリジナルメンバーの本間敏之さんが復帰。
  • 2024年12月オリジナルドラムの田中清人さんも復帰し、南青山レッドシューズで20年ぶりの再結成ライブが実現。
  • 2026年6月9日23年ぶりの新曲発表と、自身のレーベル「パイナップルレコード株式会社」設立を発表。

04THE虎舞竜という船を守り続けて

報道が落ち着いてからの高橋さんが何をしていたかというと、ひたすらバンドをつなぎ直していました。ここが個人的にいちばん胸を打つところです。

2021年には「水曜日のダウンタウン」の企画をきっかけに、May J.さんと「ロード~第15章×2」をリリース。テレビのバラエティ企画から本気の楽曲を生んでしまう、この受け止め方の柔らかさが彼らしい。同じ年にはYouTubeチャンネルも開設し、ももいろ歌合戦にも初出場しています。2023年にはNSPの50周年企画でユニット「NoSP」を結成。声がかかればどこにでも出ていく姿勢は変わりませんでした。

そして2022年8月には原宿ラドンナで、新しいメンバーを迎えた編成でのライブを開催。さらに2024年3月の新潟公演でオリジナルメンバーの本間敏之さんが復帰し、同年12月21日には南青山レッドシューズで、オリジナルドラムの田中清人さんを含む20年ぶりの再結成ライブが実現しました。20年です。20年かけて、散り散りになった仲間を一人ずつ呼び戻していたわけです。

「ロード」という巨大な代表曲を持つ人は、その曲だけを歌う懐かしのステージに落ち着いてしまうこともあります。高橋さんはそうしなかった。バンドを生きた状態に戻すことに時間を使い、そのうえで次の一手を打ちました。

052026年現在の活動

6月9日、23年ぶりの新曲とレーベル設立

2026年6月9日——ロックの日です。この日、東京・有楽町にある宮城県のアンテナショップ「宮城ふるさとプラザ」に、高橋さんは大勢の報道陣を前にして立ちました。発表されたのは、THE虎舞竜として23年ぶりとなる新曲「ShowaShowaOndo!~昭和昭和音頭」。そして、自ら設立した音楽レーベル「パイナップルレコード株式会社」です。

会場を故郷・宮城のアンテナショップに選んだところに、この人の性格が出ています。囲み取材の冒頭、彼はこう言って報道陣を笑わせました。

11年前の裁判所以来、こんなに集まっていただいた。今回は結婚も離婚もしておりません。そんなに集まってもらえないかなって思っていましたが、ありがたいです 出典:スポーツ報知 2026年6月9日

いちばん触れられたくなさそうな過去を、自分から先に笑いに変えてしまう。強い人だなと思います。

新曲のテーマは「ロック×盆踊り」

新曲「ShowaShowaOndo!~昭和昭和音頭」は、ロックと盆踊りを融合させた一曲です。きっかけはドラムからの「みんな乗れる音楽やろうぜ」という提案だったといい、そこから全国の夏祭りで親しまれている盆踊りのリズムとロックンロールを掛け合わせる発想に至ったと語られています。

狙いははっきりしています。老若男女が同じ輪に入れる、分断されない文化をつくること。そして東日本大震災から15年という節目に、心の復興と笑顔を届けること。宮城出身の高橋さんにとって、これは他人事の企画ではないはずです。

配信は発表と同じ2026年6月9日にスタートし、CDは同年7月15日に発売されました。会見で彼はこう語っています。「ロック×盆踊りのテーマで、年代を超えた音楽になれば。みんなに踊っていただきたい」。

全国の盆踊りに自ら出向くプロジェクト

そして今、いちばん動いているのがこれです。「髙橋ジョージが!あなたの街の盆踊りにやってくる!」と題した全国盆踊り行脚プロジェクト。2026年7月上旬から9月下旬に開催される盆踊り大会や夏祭りを対象に、主催団体からの応募を受け付け、抽選で選ばれた会場に本人が出向いて新曲を歌うという企画です。

驚くのは条件です。出演料は原則として無料(交通費・宿泊費は要相談)。対象は自治体、町内会、商店街、学校法人、企業などで、イベントの規模は問わないとされています。ミリオンヒットを持つミュージシャンが、町内会の盆踊りにギャラなしで来る。冗談のようですが、応募受付は6月9日19時から実際に始まりました。つまり2026年の夏、高橋さんは日本のどこかの櫓の横で歌っている可能性がかなり高い、ということです。

68歳、「ロックで生きていこう」

会見で語られた将来の目標も彼らしいものでした。「ビートルズが立った日本武道館に行きたいですね。来年くらいに日本武道館で盆踊りができたら」。武道館でロックのライブをやりたい、ではなく、武道館で盆踊りをやりたい。発想の角度がずれていて、でも一貫しています。

年齢についても、はぐらかさずにこう話しています。

今年8月の誕生日で68才。来年69才を迎える。69才でロックをやってるってのは素晴らしいと思ってる 出典:ORICON NEWS 2026年6月9日

69で「ロック(69)」。数字の語呂合わせを本気で背負うタイプの人です。ちなみに設立したパイナップルレコードの資本金は696万円。ここまで徹底していると、もはや笑うしかありません。ちなみに会見のあった2026年6月には、テレビ番組『かのサンド』のマンスリーナレーターも務めていました。歌い、喋り、レーベルを回す。67歳の夏、稼働率はかなり高いようです。

なお、2024年11月には長女が20歳を迎えたことを自身のInstagramで報告し、二人で並んだ写真とともに「一緒に祝えた奇跡に感謝」と綴っています。長く離れていた時間があったからこその言葉なのだろうと感じました。

06まとめ――高橋ジョージが選んだロード

「ロード」というタイトルの曲で人生が変わった人が、33年後に日本各地の盆踊り会場を回る道を選んでいる。偶然だとしても、できすぎた話です。離婚報道の渦の中で名前ばかりが流れた時期を経て、彼が戻ってきた場所は、テレビのスタジオではなく櫓の下でした。派手ではないけれど、これほど地面に近い復帰の仕方もそうないと思います。

高橋ジョージ 2026年現在まとめ

  • 1958年8月13日生まれ、宮城県栗原市出身。本記事公開時点で67歳、8月13日に68歳を迎える。
  • 1992年12月発売の「ロード」が約220万枚、章を重ねたシリーズ累計は350万枚以上。
  • 2016年3月に三船美佳さんとの離婚が成立。以降は身軽な一人暮らしを続けていると本人が語っている。
  • 2024年3月と12月にオリジナルメンバーが順次復帰し、20年ぶりのTHE虎舞竜再結成ライブが実現。
  • 2026年6月9日、23年ぶりの新曲「ShowaShowaOndo!~昭和昭和音頭」を発表。CDは7月15日発売。
  • 同日、自身のレーベル「パイナップルレコード株式会社」を設立し、フロントマンを務める。
  • 2026年7月上旬~9月下旬、出演料原則無料で全国の盆踊りを回る行脚プロジェクトを実施中。

ミリオンヒットを一度出した人が、その一曲の記憶だけで食べていく道を選ばず、68歳を目前にレーベルを起こし、名もない町の夏祭りに無料で歌いに行く。正直に言えば、効率のいい生き方ではありません。でも「ロックで生きていこう」という言葉を、これほど字義通りに実行している同世代のミュージシャンは、そう多くないはずです。この夏、地元の盆踊りの櫓の横にギターを持った男性が立っていたら、それは高橋ジョージさんかもしれません。あの日聴いた「ロード」の続きは、まだ書かれている途中のようです。