夏になるとどこからともなく流れてくる、あの甘くせつないメロディー。「あの夏を忘れない」——男性デュオ・classの「夏の日の1993」は、170万枚を超えるミリオンヒットとなり、90年代のJ-POPを語るうえで欠かせない一曲になりました。あれから30年以上。オリジナルのボーカルだった津久井克行さんが2009年に亡くなったあと、classの名を背負ってきたのが岡崎公聡(おかざき こうそう)さんです。ゴルフ業界の実業家から音楽の世界へ、そして再び実業家として——そのユニークな経歴と2026年現在の活動を、classの歴史とともにたどっていきます。

01岡崎公聡のプロフィール

本名
岡崎 公聡(おかざき こうそう)
アーティスト名
KOSO(元class)
生年月日
1960年5月8日(66歳)
出身地
北海道釧路市
主な活動
歌手・実業家(レストラン/ゴルフ用品)
所属ユニット
class(2008年〜2009年)
経営
ティーティーオー株式会社 代表取締役/飲食店「GINZA KOSO」ほか
代表曲
「冬の日の2009」(classとして)、「おとこ酒」(KOSOとして)

音楽と実業を行き来してきた異色のキャリアの持ち主。2026年で66歳を迎えます。

02「夏の日の1993」とclassの軌跡

津久井克行と日浦孝則、二人で始まったclass

まずはユニット「class」そのものの歴史を振り返っておきましょう。classは1993年、津久井克行(つくい かつゆき)さんと日浦孝則(ひうら たかのり)さんによる男性デュオとして結成されました。デビュー曲となったのが、同年4月21日にリリースされた「夏の日の1993」です。

さわやかで少し切ないメロディーと、過ぎ去った夏の恋を思い起こさせる歌詞。この曲はロングヒットを記録し、最終的に170万枚を超えるミリオンセラーとなりました。当時カラオケの定番曲としても定着し、「夏の日の1993」を知らない世代を探すほうが難しいほどの国民的ヒットに。90年代前半のJ-POPを象徴する一曲として、今なお夏になると各所で耳にする楽曲です。

ヒットの背景にあった上質なメロディーとハーモニー

classの魅力は、なんといっても質の高い楽曲とコーラスワークにありました。ソウルフルでありながら、日本人の耳に自然に馴染むメロディーライン。津久井さんの伸びやかで温かみのある歌声は、classサウンドの核でした。

「夏の日の1993」の成功のあとも、classはシングルとアルバムを継続的に発表。1993年から1996年の第一期活動期間だけで、シングル7枚、アルバム6枚をリリースしました。一発屋という印象を持たれがちですが、実際にはコンスタントに作品を送り出していた実力派ユニットだったのです。

一度の解散、そして再結成へ

活躍を続けたclassでしたが、1996年3月31日にいったん解散します。しかしその後、デビュー10周年を記念する形で2003年に再結成。2003年7月9日には、代表曲を新たに録り直した「夏の日の1993〜2003 up to date session〜」をリリースし、往年のファンを喜ばせました。

翌2004年7月21日にはミニアルバム『夏記』を発表するなど、再結成後もマイペースに活動を続けます。名曲を大切に育て続けるその姿勢は、「夏の日の1993」が単なる懐メロではなく、長く愛される定番曲として残った理由のひとつと言えるでしょう。

03津久井克行の死とclassの終幕

岡崎公聡がclassに加入した経緯

ここで岡崎公聡さんが登場します。もともと岡崎さんは音楽業界の人というより、ゴルフ用品メーカーや芸能事務所を手がける実業家として知られる人物でした。ゴルフクラブメーカーのティーティーオー株式会社、そして芸能プロダクションのGMAエンタープライズ株式会社で代表取締役を務めており、classもこのGMAエンタープライズに所属していた縁がありました。

2008年4月、オリジナルメンバーの日浦孝則さんが脱退。これを受けて、津久井克行さんと岡崎公聡さんという新体制でclassは再始動します。もともと歌が好きで津久井さんの音楽性に惚れ込んでいた岡崎さんが、事務所の代表という立場から一転、ステージに立つメンバーとなったのです。

  • 1993年4月津久井克行・日浦孝則のデュオとしてclassがデビュー。「夏の日の1993」がミリオンヒット。
  • 1996年3月classがいったん解散。
  • 2003年デビュー10周年を記念して再結成。
  • 2008年4月日浦孝則が脱退。津久井克行と岡崎公聡の新体制で始動。
  • 2008年12月「夏の日の1993」へのアンサーソング「冬の日の2009」をリリース。
  • 2009年4月アルバム『十六年と一日』を発表。
  • 2009年10月津久井克行が膵臓がんのため49歳で死去。classは活動を終了。

「冬の日の2009」に込めた思い

新体制のclassが2008年12月3日にリリースしたのが「冬の日の2009」でした。これは代表曲「夏の日の1993」へのアンサーソングという位置づけで、名曲の世界観を受け継ぎつつ、新しいclassの形を示そうとした一曲です。2009年4月22日にはアルバム『十六年と一日』も発表し、再スタートを切ったばかりでした。

志半ばでの別れ

ところが、その矢先に悲しい出来事が訪れます。2009年10月2日、classの声そのものだった津久井克行さんが、膵臓がんのため49歳の若さで亡くなったのです。新体制でこれから、という時期の突然の別れでした。

かけがえのないパートナーを失ったことで、classは実質的に活動を終えることになります。「夏の日の1993」を歌い上げたあの声はもう聴くことができませんが、楽曲そのものは今も色あせることなく、多くの人の夏の記憶に寄り添い続けています。

04音楽と実業をまたぐ多彩な顔

ゴルフ業界の実業家という原点

岡崎公聡さんを語るうえで欠かせないのが、ゴルフ業界での実業家としての顔です。ゴルフクラブメーカー・ティーティーオー株式会社の代表取締役として、クラブの企画・開発・販売を手がけてきました。2005年にはプロゴルファーの尾崎将司(ジャンボ尾崎)さんとゴルフ用品契約を結ぶなど、業界内では確かな存在感を放っていた人物です。

テレビ番組「GOLF武勇伝」では長年MCを務め、ゴルフ好きの間では顔なじみでした。この番組は2004年頃から2018年3月まで続き、実に15年近くにわたって司会を担当したことになります。ミュージシャンとしての顔とはまた別に、ゴルフ愛好家としての一面も持っているわけです。

classのあとも続いた音楽への情熱

津久井克行さんの死でclassの活動が終わったあとも、岡崎さんは音楽から離れませんでした。2010年には、中学時代の先輩でギタリストの今剛(こん つよし)さんらとロックバンド「Battle Cry」を結成。ボーカルを担当し、2010年8月には名古屋で初ライブを行っています。

さらに2020年10月にはバンド「HIZUMI」を結成するなど、還暦を迎えてもなお、精力的にバンド活動を展開してきました。実業家として成功しながらも、ステージに立ち続けたいという思いが根底にあったのでしょう。

60歳の節目に「KOSO」としてソロ再デビュー

そして2020年12月23日、岡崎さんは自身の還暦を記念して、「KOSO」名義でソロ曲「おとこ酒」を配信リリースします。これは実質的なソロ再デビューとなりました。

「おとこ酒」は、自身が運営に関わる音楽レーベル「Battle Cry Sound」からのリリース。お酒をテーマにしたR&Bナンバーで、classの上質なサウンドを知る人にとっても納得の一曲でした。クラスの後継者という肩書に安住せず、自分自身の名前で新たな音楽を届けようとする姿勢が印象的です。

052026年現在の活動

銀座の黒毛和牛店を経営する実業家として

2026年現在の岡崎公聡さんは、音楽活動を続けながらも、実業家としての顔がより前面に出ています。とりわけ知られているのが、東京・銀座で展開する黒毛和牛の専門店「GINZA KOSO(ギンザ コウソウ)」の経営です。

このお店は銀座8丁目の「銀座888ビル」に入る高級焼肉・肉料理店で、名物の「牛トロ重」や、他ではなかなか味わえない生肉料理を提供することで評価を得ています。生食用食肉の取り扱い施設として認定を受けている点も特徴で、質の高い黒毛和牛を求める食通たちに支持されているようです。ゴルフバー「GMA8」も併設し、芝公園エリアには会員制の店も構えるなど、飲食事業を幅広く手がけています。

元class・岡崎公聡は、ゴルフ用品を扱うティーティーオー株式会社の代表取締役を務めながら、KOSO名義での音楽活動を続けている。 出典:オリコンニュース 2020年12月配信記事より

KOSO名義の音楽活動も継続中

実業家業のかたわら、KOSOとしての音楽活動も途切れてはいません。ソロ再デビュー曲「おとこ酒」以降も楽曲を発表しており、classやBattle Cryで培ったソウルフルな歌声は健在です。「夏の日の1993」を歌い継いだ人物として、往年のclassファンからの関心も根強く残っています。

派手な露出こそ多くないものの、音楽への情熱を持ち続けている点は、岡崎さんの一貫した姿勢と言えるでしょう。ゴルフ、飲食、そして音楽——複数の世界を自在に行き来しながら活動しているのが、2026年現在の岡崎さんの姿です。

2025年末のSNS投稿をめぐる炎上

一方で、2025年の年末には岡崎さんのSNS投稿が波紋を広げました。報道によると、岡崎さんは歌手・GACKTさんへの差し入れとしてドーナツ店に大量注文を依頼したものの、他の客への影響を理由に断られたとされます。これに不満を抱いた岡崎さんが、TikTokなどのSNSで店を強い言葉で非難する動画を投稿したことが批判を呼びました。

この件はSmartFLASHなど複数のメディアが2025年12月下旬に報じ、「著名人としての発信の影響力を考えるべき」「小さな店が公平に販売するための個数制限はごく一般的な対応だ」といった声が多く寄せられました。その後も岡崎さんがSNSで挑発的な投稿を続けたと報じられ、批判が拡大したとされています。

懐かしい名曲の担い手という顔とは異なる一面が表に出た形で、ファンからは戸惑いの声も上がりました。ここでは報道された事実関係にとどめ、扇情的な評価は避けておきます。SNSの発信力が大きい時代だからこそ、その使い方が改めて問われた出来事だったと言えるでしょう。

「夏の日の1993」は今も生き続ける

岡崎さん個人の活動とは別に、classの代表曲「夏の日の1993」は、2026年現在も夏の定番曲として愛され続けています。各種音楽配信サービスでも聴くことができ、リリースから30年以上を経てもなお新しいリスナーを獲得している名曲です。

津久井克行さんが遺した歌声、そしてそれを受け継ごうとした岡崎さんの思い。classという名前が積み重ねてきた歴史は、この一曲の中に確かに息づいています。

06まとめ

「夏の日の1993」の甘く切ないメロディーを覚えている人にとって、classは永遠の夏の記憶です。その名を背負った岡崎公聡さんは、音楽と実業のあいだを行き来する、ちょっと変わった経歴の持ち主でした。

岡崎公聡(class) 2026年現在まとめ

  • 「夏の日の1993」はclass(津久井克行・日浦孝則)の170万枚超のミリオンヒット
  • 岡崎公聡は2008年にclass新メンバーとして加入し「冬の日の2009」を発表
  • 2009年10月に津久井克行が49歳で死去し、classは活動を終了
  • ゴルフ用品メーカー・ティーティーオー株式会社の代表取締役を務める実業家でもある
  • 2020年に「KOSO」名義でソロ再デビュー、音楽活動を継続中
  • 2026年現在は銀座の黒毛和牛店「GINZA KOSO」などの飲食事業も展開
  • 2025年末にはSNS投稿をめぐる炎上が報じられ、発信のあり方が話題に

実業家、ゴルフ愛好家、そしてミュージシャン。いくつもの顔を持ちながら、「夏の日の1993」という名曲のバトンを受け継いだ岡崎公聡さん。あの名曲が夏の空に流れるたびに、classが歩んできた道のりと、それを今に伝える岡崎さんの存在を思い出してみるのも、いいのかもしれません。