「地球はひとつ」のイントロが流れると、テレビの前で身を乗り出した——そんな記憶をお持ちの方も多いのではないでしょうか。1970年代、まだ「アイドル」という言葉が定着する前から、バック転を武器にステージを跳ね回っていた4人組がフォーリーブスです。北公次さん、青山孝史さん、江木俊夫さん、おりも政夫さん。1978年の解散から、もうすぐ半世紀が経とうとしています。あれから彼らはどうしているのか。じつは今も「フォーリーブス」という名前は消えていません。この記事では、全盛期の熱狂から解散、再結成、そして2026年現在に至るまでを、確認できた事実だけで丁寧に追いかけていきます。

01フォーリーブスのプロフィール

グループ名
フォーリーブス(Four Leaves)
結成
1967年4月(ジャニーズ事務所)
レコードデビュー
1968年9月5日「オリビアの調べ/壁のむこうに」
オリジナルメンバー
北公次さん(リーダー/本名・松下公次、1949年1月20日生まれ、和歌山県田辺市出身)、青山孝史さん(1951年8月10日生まれ、佐賀県佐賀市出身)、江木俊夫さん(本名・亀田学、1952年6月4日生まれ、東京都武蔵野市出身)、おりも政夫さん(本名・織茂政男、1953年7月4日生まれ、東京都江東区亀戸出身)
代表曲
「地球はひとつ」「夏の誘惑」「踊り子」「ブルドッグ」など
解散
1978年8月31日
再結成
2002年1月29日
2026年8月現在の年齢
江木俊夫さん74歳、おりも政夫さん73歳
現在の活動体制
2014年以降、江木俊夫さん・おりも政夫さんの2人でフォーリーブス名義の活動を継続

こうして並べてみると、メンバー4人の生年が1949年から1953年までのわずか4年間に収まっていることに、あらためて気づかされます。

02全盛期の活躍――アイドル以前のアイドル

バック転を武器にした「見せる」アイドル

フォーリーブスを語るときに外せないのが、ステージでのアクロバットです。リーダーの北公次さんは、日本の男性アイドルとしてステージでバック転を披露した最初の存在とされています。今でこそジャニーズ系グループの代名詞のような演出ですが、1960年代末の歌番組において、歌いながら宙を舞う男性グループは衝撃的でした。「歌を聴かせる」だけでなく「体で見せる」。この発明が、その後の日本の男性アイドル像を決定づけたと言っても大げさではないでしょう。

「地球はひとつ」から「ブルドッグ」まで

デビュー曲「オリビアの調べ/壁のむこうに」は1968年9月5日発売。すぐに大ブレイクしたわけではありませんが、1970年代に入ると「地球はひとつ」「夏の誘惑」といったヒットが続き、テレビの歌番組に欠かせない存在になっていきます。そして後年もっとも知られる楽曲となったのが「踊り子」と「ブルドッグ」です。とくに「ブルドッグ」は、独特のフレーズと振り付けの強さから、リアルタイム世代でなくても耳にしたことがある人が多い一曲でしょう。

受賞歴としては、東京音楽祭でのゴールデン・カナリー賞、日本歌謡大賞での特別賞などが記録として残されています。日本レコード大賞の大賞受賞歴は確認できませんでしたが、当時の音楽賞レースの常連グループとして扱われていたことは間違いありません。

4人それぞれのキャラクターが立っていた

コーちゃん(北公次さん)、ターキー(青山孝史さん)、トシ坊(江木俊夫さん)、マー坊(おりも政夫さん)。愛称でメンバーが呼び分けられ、それぞれに担当ファンがつく——という構造も、フォーリーブスがかなり早い段階で完成させたものです。とくに江木俊夫さんは3歳から子役として活動し、日活映画で石原裕次郎さんや小林旭さんら当時のスターと共演。1963年には黒澤明監督『天国と地獄』に出演し、1966年からは特撮ドラマ『マグマ大使』でマモル少年役を主演しています。つまりフォーリーブス加入時点ですでに「顔の知られた子ども」でした。

歌番組だけでなく舞台も

グループとしての活動は、レコードとテレビだけにとどまりませんでした。地方公演やリサイタル、舞台仕事も多く、4人でひたすら全国を移動する日々だったと伝えられています。この「歌って踊って全国を回る」というスタイル自体が、後に続く多くの男性グループの原型になりました。今の目線で見ると、彼らはアイドル産業そのものを走りながら組み立てていた世代なのだと思います。

03解散とその後の歩み

デビューから10年目の1978年8月31日、フォーリーブスは解散します。全員がまだ20代半ばという若さでした。以降、4人はそれぞれ別々の道を歩みますが、その道のりは決して平坦ではありませんでした。

北公次さんは1979年4月に覚醒剤取締法違反で逮捕され、故郷への帰郷と芸能界復帰を繰り返します。1988年11月にはデータハウスから著書『光GENJIへ』を出版。ジャニーズ事務所とジャニー喜多川氏をめぐる内容で、35万部を売り上げるベストセラーとなりました。当時の大手メディアはこの告発をほとんど扱いませんでしたが、2023年に事務所側が創業者による性加害を認めて謝罪して以降、この一冊は「最初の告発」として再評価されることになります。

江木俊夫さんは解散後、舞台や2時間ドラマを中心とした俳優業に軸足を移し、芸能プロダクション「オフィスキッド」を設立して武田久美子さんらをプロデュースする側にも回りました。ただし1999年に覚醒剤取締法違反で逮捕されており、こちらも一度キャリアを断たれています。

おりも政夫さんは4人の中でもっとも安定した形でテレビに残った人です。「オールスター紅白水泳大会」の総合司会、「象印クイズ ヒントでピント」のレギュラー回答者、さらにグルメ番組のレポーターとして「ぶらり途中下車の旅」などに出演。近年は「ぐるぐるナインティナイン」のコーナー司会も務めています。歌手というより「テレビの人」として長く生き残った、という言い方が近いかもしれません。

そして2001年2月、Yahoo!のアンケート「再結成してほしいグループ」で1位に選ばれたことをきっかけに、2002年1月29日、フォーリーブスは24年ぶりに再結成します。しかし2009年1月28日に青山孝史さんが57歳で、2012年2月22日には北公次さんが肝臓がんのため63歳で亡くなり、グループは二度、大きな喪失を経験することになりました。

  • 1967年4月ジャニーズ事務所でフォーリーブス結成。
  • 1968年9月「オリビアの調べ/壁のむこうに」でレコードデビュー。
  • 1970年代前半「地球はひとつ」「夏の誘惑」などがヒットし、歌番組の常連となる。
  • 1978年8月31日解散。メンバーはそれぞれの道へ。
  • 1988年11月北公次さんが著書『光GENJIへ』を出版し、35万部のベストセラーに。
  • 2002年1月29日ファン投票での支持を受け、24年ぶりに再結成。
  • 2009年1月28日青山孝史さんが57歳で死去。
  • 2012年2月22日北公次さんが肝臓がんのため63歳で死去。
  • 2014年江木俊夫さん・おりも政夫さんの2人体制でフォーリーブス名義の活動を再開。
  • 2023年5月ジャニーズ事務所をめぐる問題について、おりも政夫さんが取材に応じ心境を語る。
  • 2026年8月〜9月「夢スター」名義の全国ツアーに出演。おりも政夫さんは単独企画も展開中。

04二人になったフォーリーブスが背負うもの

4人組のグループが2人になったとき、名前をどうするか。これは残されたメンバーにとって非常に難しい判断です。解散して別名義にする、活動そのものをやめる、そういう選択もあり得ました。しかし江木俊夫さんとおりも政夫さんは、2014年から「フォーリーブス」の名前を掲げたまま歩き続けることを選びました。

その背景には、亡くなった2人との関係の重さがあります。おりも政夫さんは2023年、事務所創業者をめぐる問題が大きく報じられた際に取材に応じ、北公次さんが亡くなる直前まで謝りに行きたいと口にしていたことを明かしました。告発の当事者であった北公次さんの内面が、単純な断絶ではなかったことをうかがわせる証言です。

同時におりもさんは、この問題によって関係者全体が色眼鏡で見られることへの懸念も口にしています。被害を受けた人のケアを最優先すべきだと述べたうえで、次のように語りました。

ジャニーズのOBや現役を変な目で見ないでほしいです 出典:ENCOUNT 2023年5月20日

つまり現在のフォーリーブスは、単なる懐かしのグループではなく、日本のアイドル史の出発点に立ち会った当事者としての立場も背負っているわけです。2人が今もステージに立ち続けていること自体が、一つの記録になっているとも言えるでしょう。

なお、江木俊夫さんは1997年に『ジャニー喜多川さんを知ってますか』(KKベストセラーズ)という著書も出しています。渦中の人物について、当事者たちがそれぞれ異なる時期に異なる立場から言葉を残してきたことは、いま振り返ると重要な事実です。

052026年現在の活動

「夢スター」の全国ツアーで各地のホールへ

2026年現在、江木俊夫さんとおりも政夫さんの活動の柱になっているのが、夢グループが主催する「夢スター歌謡祭」「夢スター春・秋」といった昭和歌謡の大型ユニット公演です。歌謡曲・ポップス・グループサウンズと、昭和の音楽史を彩ったスターたちが一つの舞台に集まる形式で、狩人やガロの大野真澄さんらとともに出演アーティストに名を連ねています。おりもさんは出演だけでなく司会も務めており、これが長年培ったテレビでの司会経験の延長線上にあるのは明らかです。

主催者が公表している2026年のスケジュールを見ると、8月に東京・千葉・茨城、9月に神奈川、そして大分・宮崎・鹿児島と九州を回る日程が組まれています。ちょうどこの記事を書いている8月上旬が、まさにツアーの真っ最中というタイミングです。70代に入ってなお、この移動量をこなしているというのは正直に言って驚きます。

おりも政夫さんは2026年から新企画をスタート

おりも政夫さんは公式サイトで、2026年に2つの新しい企画を始めることを告知しています。ひとつは「全国ビデオ巡業の旅」、もうひとつは「マー坊気まぐれさすらいの食いしん坊」。前者は各地でビデオライブを行うもの、後者はかつてのグルメレポーター時代を思わせる、地元の名店でファンと食事を共にする形式のようです。

公表されている例としては、9月29日の鹿児島公演があり、昼前から老舗の郷土料理店で食事会を行い、午後にカラオケ店のスペースでビデオライブを開催するという流れが案内されています。大会場のコンサートではなく、顔の見える距離でファンと過ごす。この規模感の選び方に、73歳になった今の活動スタイルがよく表れていると思います。

また、2013年から続けている参加型コンサート「うたごえ時代」も継続中です。これは観客が客席で昭和歌謡を一緒に大合唱するという企画で、東京・京都・仙台・名古屋など各地で開催されてきました。「聴かせる」側だった人が「一緒に歌う」場をつくっている——キャリアの円環として、なかなか味わい深い展開ではないでしょうか。

江木俊夫さんはライブ・司会・テレビを継続

江木俊夫さんは現在も、ライブ出演、イベント司会、ラジオ出演などを軸に活動を続けています。おりもさんとの共演も多く、テレビ東京系などで放送されているショッピング番組「痛快!買い物ランドSHOPJIMA」では2007年から2人がレギュラーで顔を合わせてきました。フォーリーブスとしてのステージ以外の場所でも、この2人は長く隣り合わせで仕事をしているわけです。

情報発信については、江木さんは公式のFacebookページで活動状況を伝えており、おりもさんは公式サイトのほかInstagram、YouTube、noteでも近況を発信しています。グループとしての公式SNSアカウントは確認できませんでしたが、それぞれの発信を追えば最新のスケジュールはつかめる状態です。

現在も「フォーリーブス」として呼ばれ続けている

興味深いのは、2人体制になって10年以上経った今も、コンサートのラインナップやメディアの紹介で「フォーリーブス」という名義がそのまま使われ続けていることです。往年のヒット曲を、当時のメンバー自身が歌う。それを聴きにホールに足を運ぶ人が全国にいる。派手なニュースにはなりませんが、こういう形の芸能活動が半世紀以上続いているという事実のほうが、実はよほど珍しいことなのだと思います。

06まとめ

フォーリーブスは、1967年に結成され、1978年に解散し、2002年に再結成され、そして2人になった今も名前を残したまま活動を続けているグループです。4人が全員そろっていた時期よりも、その後の時間のほうがはるかに長くなりました。それでも「地球はひとつ」や「ブルドッグ」を求める人が客席にいる限り、2人は歌い続けている。2026年の夏も、そのツアーは動いています。

フォーリーブス 2026年現在まとめ

  • 1967年結成、1968年デビュー、1978年解散。2002年に24年ぶり再結成。
  • 青山孝史さんが2009年に57歳で、北公次さんが2012年に63歳で死去。
  • 2014年以降は江木俊夫さん(74歳)とおりも政夫さん(73歳)の2人体制。
  • 2026年も「夢スター歌謡祭」「夢スター春・秋」の全国ツアーに出演中。
  • おりもさんは2026年から「全国ビデオ巡業の旅」など新企画をスタート。
  • 2013年開始の参加型コンサート「うたごえ時代」も継続中。
  • 2人はショッピング番組「痛快!買い物ランドSHOPJIMA」でも長年共演。

日本の男性アイドルの原型をつくったグループが、いまだ現役で地方のホールを回っている。華やかな全盛期の映像と、2026年のツアー日程表を並べて眺めると、時間の流れの重さと、それでも変わらないものの両方が見えてきます。もしお近くの会場に公演が来ることがあれば、一度あの歌声を確かめに行ってみてはいかがでしょうか。あの頃の記憶が、思いのほか鮮明によみがえるかもしれません。