「3年B組金八先生」で妊娠する15歳の中学生を演じ、「池中玄太80キロ」では「鳥の詩」とともに茶の間の涙を誘った子役・杉田かおるさん。大人になってからは、ズバズバとものを言う毒舌キャラでバラエティに再ブレイクし、スキャンダルも含めて何かと話題を振りまいた時期もありました。そんな彼女、最近はめっきりテレビで見かけなくなったな……と感じている方も多いのではないでしょうか。実は今、杉田さんは神奈川・茅ヶ崎で土に向き合う、まったく別の人生を歩んでいます。2026年現在の杉田かおるさんの「今」を、波瀾万丈の歩みとともにじっくりまとめました。
01杉田かおるのプロフィール
- 本名
- 杉田 かおる(すぎた かおる)
- 生年月日
- 1964年11月27日(61歳)
- 出身地
- 東京都新宿区生まれ
- 所属劇団
- 劇団若草(5歳で入団)
- 主な活動
- 女優・タレント・自然農/ハーブ栽培
- 代表作
- 「3年B組金八先生」「池中玄太80キロ」「パパと呼ばないで」
- 代表曲
- 「鳥の詩」
子役デビューが7歳ですから、もう半世紀以上もこの業界にいることになります。あの「15歳の母」を演じた女の子が、いまや還暦を過ぎているというのは、なんだか感慨深いものがありますね。
02全盛期の活躍――子役から毒舌キャラの再ブレイクまで
「パパと呼ばないで」で子役デビュー
杉田かおるさんが芸能界に入ったのは、5歳で劇団若草に入団したのがきっかけ。7歳のときに日本テレビ系のホームドラマ「パパと呼ばないで」(1972年)で子役デビューを果たします。石立鉄男さん演じる主人公に引き取られる女の子・チー坊役で、その愛らしさが人気を集めました。ちなみに石立さんは、その後の杉田さんの人生にも何度も登場する、いわば恩人のような存在になっていきます。
幼い頃に両親が離婚し、母子家庭の家計を支えるためにも子役の仕事を続けていた——後年、杉田さんはそう語っています。明るく振る舞う画面の裏側には、決して平坦ではない事情があったんですね。
「3年B組金八先生」――15歳の母を演じた衝撃
杉田さんの名前を決定的にしたのが、1979年スタートの学園ドラマ「3年B組金八先生」(第1シリーズ)です。優等生だった浅井雪乃役で、同級生(鶴見辰吾さん演じる宮沢保)との子を妊娠・出産するという、当時としては非常に踏み込んだ役柄を演じました。「十五歳の母」というサブタイトルでも語り継がれるこのエピソードは社会現象級の反響を呼び、中学生の妊娠という重いテーマを真正面から描いた作品として、今もドラマ史に残っています。
まだ十代半ばだった杉田さんが、これほどシリアスな役を体当たりで演じきったことに、当時の視聴者は釘付けになりました。子役から女優へと階段を上る、大きな転機だったといえるでしょう。
「池中玄太80キロ」と「鳥の詩」
そしてもう一つの代表作が、1980年放送開始の「池中玄太80キロ」。西田敏行さん演じるカメラマン・池中玄太が、3姉妹を育てるホームドラマで、杉田さんは長女・絵理役を好演しました。このドラマの挿入歌として杉田さんたちが歌った「鳥の詩」は大ヒットを記録。やさしくも切ないメロディは、ドラマを知らない世代でもどこかで耳にしたことがあるかもしれません。「金八先生」と「池中玄太」、この2作で杉田かおるさんは、80年代を代表する子役・若手女優としての地位を確立しました。
毒舌キャラでバラエティに再ブレイク
子役・女優として駆け抜けた杉田さんですが、大人になってからしばらくは、フリートークが苦手でバラエティ番組を避けていた時期もあったそうです。転機になったのは35歳の頃。「踊る!さんま御殿!!」への出演を、旧知の石立鉄男さんに背中を押されて決意したのだとか。
ここで開花したのが、思ったことをそのまま口にする歯に衣着せぬトーク。歯切れのいい毒舌キャラとして、明石家さんまさんとの掛け合いでも存在感を発揮し、2000年代前半には「毒舌タレント」「ズバズバ言う女優」としてバラエティで再ブレイクを果たします。シリアスな子役だった彼女が、まったく違う武器でお茶の間に返り咲いたわけで、このギャップもまた魅力でした。
03波瀾万丈の歩み――スキャンダルから転機へ
毒舌キャラで再ブレイクした一方、2000年代の杉田さんは私生活でも何かと話題を集めました。ここからの歩みは、決して順風満帆とはいきません。
- 1971年日本テレビ「パパと呼ばないで」で子役デビュー。チー坊役で人気を博す。
- 1979年「3年B組金八先生」第1シリーズに浅井雪乃役で出演。「十五歳の母」を演じ大反響。
- 1980年「池中玄太80キロ」に出演。挿入歌「鳥の詩」が大ヒット。
- 2000年代前半「踊る!さんま御殿!!」などバラエティで毒舌キャラが受け、再ブレイク。
- 2005年1月実業家と結婚し話題に。しかし約7か月後の同年8月に離婚。
- 2011年頃東日本大震災を機に、無農薬の自然農を学ぶため福岡へ拠点を移す。
- 2013年12月建設関係の一般男性と再婚。神奈川・湘南で農作業を続ける生活へ。
- 2018年1月在宅で介護を続けてきた母が死去。芸能活動をセーブしての看取りだった。
2005年の結婚は、お相手が著名な実業家ということもあって大きく報じられましたが、結婚生活はわずか7か月でピリオド。スピード離婚は当時かなりの話題になりました。こうしたスキャンダラスな出来事もあって、「波瀾万丈の人」というイメージを持っている方も多いかもしれません。
ただ、その後の杉田さんは、世間がイメージする「毒舌タレント」とは少しずつ違う方向へと歩みを進めていきます。その大きなきっかけになったのが、2011年の東日本大震災と、自然農との出会いでした。
04湘南移住と自然農――母の介護を経てたどり着いた暮らし
自然農との出会いと福岡での学び
2011年の東日本大震災は、杉田さんの価値観を大きく揺さぶる出来事だったといいます。食や健康、環境について深く考えるようになった杉田さんは、農薬や肥料に頼らずに作物を育てる「自然農」という農法に強く惹かれていきます。そして、その自然農を本格的に学ぶため、一時は拠点を福岡へ移し、東京と行き来しながら土づくりの基礎を身につけていきました。テレビで毒舌を飛ばしていた人が畑に通い始めたわけで、当時を知る人ほど驚いた転身かもしれません。
再婚、そして湘南・茅ヶ崎への移住
農を通じた暮らしの中で、杉田さんは新たなパートナーと出会います。2013年12月、建設関係の仕事をする一般男性と再婚。お相手は芸能活動をしていない方なので詳細には触れませんが、この再婚をきっかけに、夫とともに神奈川・湘南エリア、現在の茅ヶ崎へと生活の場を移しました。海と緑に囲まれた土地で、ご夫婦そろって自然農に取り組む——テレビの第一線で走り続けた人が選んだ、静かで地に足のついた暮らしです。
4年半にわたる母の介護
湘南での新生活と前後して、杉田さんは大きな試練にも向き合っています。母親が慢性閉塞性肺疾患(COPD)を患い、24時間の酸素療法が必要になったため、女優・タレントの仕事を大幅にセーブして在宅介護を始めたのです。介護は4年半にわたり、2018年1月、母は杉田さんに見守られながら息を引き取りました。
テレビで活躍していた人が、表舞台を離れて親の介護に向き合う——その日々がどれほど重く、かけがえのないものだったかは、想像に難くありません。後にバラエティで「人の痛みがちょっと分かるかも」と語ったのも、こうした経験があってのことなのでしょう。介護を経験した方なら、深くうなずく言葉ではないでしょうか。
「オーガニックヘルスリテラシー」という発信
母の看取りや自然農の実践を通じて、杉田さんがたどり着いたのが「健康に生きる喜びを伝えたい」という思いです。2020年には自身のYouTubeチャンネル「杉田かおるのオーガニックヘルスリテラシーofficial」を開設。自然農やハーブ、食、健康に関する情報を、自身の「オーガニック活動」として無理なく発信するスタイルを続けています。かつての毒舌キャラとはまったく違う、穏やかで丁寧な語り口が印象的です。
052026年現在の活動
茅ヶ崎で自然農のハーブ園を運営
2026年現在、杉田かおるさんの暮らしの中心にあるのは、なんといっても茅ヶ崎での農作業です。無農薬・無肥料の自然農で、フェンネルやルッコラ、各種ゼラニウム、ローズマリー、ホワイトセージといったハーブをのびのびと育てています。公式Instagram(@kaoru.organic)では、季節ごとに表情を変える畑の様子や、収穫したハーブの写真をたびたび投稿。「理想の畑に近づいてきました」「ハーブの香りで癒される」といった言葉からは、土と向き合う日々への充実感が伝わってきます。
杉田かおる(61)が自身のインスタグラムを更新。自然農で育てているハーブを紹介し、「色々元気に育ってます」と報告した。 出典:ORICON NEWS 2025年6月26日
毒舌キャラで知られたあの杉田さんが、ハーブの香りに癒される日々を綴っている——イメージの変わりように驚く方もいるかもしれませんが、これこそ今の彼女の素顔なのでしょう。
杉田さんの近況は、本人の公式Instagram(@kaoru.organic)で写真とともに発信されています。畑の最新の様子は、こちらからのぞくことができます。
映画「嗤う蟲」で女優としても健在
農業中心の生活を送りながらも、女優・杉田かおるさんはちゃんと健在です。2025年1月24日に公開されたスリラー映画「嗤う蟲」に、田久保よしこ役で出演しました。この作品は、理想の田舎暮らしを求めて地方の村に移り住んだ夫婦が、よそ者を排除しようとする村のおきてに翻弄され、追い詰められていくという「村八分」を題材にした重厚なドラマ。海外の映画祭でも評価された意欲作で、杉田さんは村社会の一員として作品に深みを加えました。
奇しくも、自身が移住者として地方での暮らしを実践している杉田さんが、移住者を題材にした映画に出演するというのも、なんとも縁を感じる巡り合わせですね。
バラエティ出演で語る「移住と農業の今」
テレビへの露出は以前ほど多くありませんが、2025年には「踊る!さんま御殿!!」に出演し、茅ヶ崎に移住して農業に励む日々を披露しました。過去の役柄をめぐる「誤解」のエピソードでさんまさんを笑わせる一幕もあり、毒舌時代を知るファンには懐かしい、あの歯切れのよさは健在。一方で、「人の痛みがちょっと分かるかも」と、介護や移住を経た今の心境を率直に語る姿には、長い時間を経たからこその深みがありました。
第一線でバリバリ……というスタイルではなくなりましたが、農を軸にした暮らしを大切にしながら、女優・タレントとしての仕事も自分のペースで続けている。それが2026年の杉田かおるさんの姿です。
SNSとYouTubeで「健康に生きる喜び」を発信
日々の発信の場は、もっぱらInstagramやX、YouTubeといったSNSです。「杉田かおるのオーガニックヘルスリテラシーofficial」の名で運営する各アカウントでは、ハーブや自然農の話題に加えて、季節の手料理や暮らしの工夫なども紹介。フォロワーからは「綺麗」「癒される」といった温かいコメントが寄せられています。テレビの中の「キャラクター」ではなく、等身大の杉田かおるさんに触れられる場になっているのが、今の発信スタイルの魅力といえるでしょう。
06まとめ
「金八先生」の15歳の母から、「鳥の詩」、そして毒舌キャラでの再ブレイクまで——時代ごとにまったく違う顔を見せてきた杉田かおるさん。スキャンダルや母の介護といった山もありましたが、2026年現在、彼女は茅ヶ崎の土とともにある穏やかな日々の中に、自分らしい居場所を見つけたようです。
杉田かおる 2026年現在まとめ
- 神奈川・茅ヶ崎に移住し、無農薬の自然農でハーブ園を運営
- 公式Instagram(@kaoru.organic)で畑やハーブの近況を発信中
- 2025年公開の映画「嗤う蟲」に田久保よしこ役で出演、女優業も継続
- 2025年は「踊る!さんま御殿!!」に出演し、移住と農業の今を披露
- 2011年の震災を機に自然農を学び、福岡での修業を経て湘南へ
- 4年半にわたる母の在宅介護を経験し、2018年に看取った
- YouTube「オーガニックヘルスリテラシー」で健康に生きる喜びを発信
子役として走り出してから半世紀以上。テレビの中心にいた頃とは別の幸せのかたちを、自分の手で耕してきた杉田かおるさん。畑に立つ61歳のその姿は、肩の力が抜けて、とても自然体に見えます。これからも自分らしいペースで、健やかな毎日を重ねていってほしいですね。